ノンテクニカルサマリー

エビデンスは政策立案に影響を及ぼすか?-自治体職員を対象としたコンジョイント実験による分析-

執筆者 伊芸 研吾(エビデンス共創機構)/梅谷 隼人(神戸大学)/小林 庸平(コンサルティングフェロー)/高橋 遼(早稲田大学)/中室 牧子(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト

自治体におけるエビデンスに基づく政策形成(EBPM)の重要性は広く共有されているが、実際の政策決定は首長や議会、住民といった多種多様な主体が政治的・組織的な調整を行う複雑なプロセスである 。本研究は、全国21自治体の職員3,732名を対象としたコンジョイント実験に基づき、行政職員が政策案を選択する際にどのような情報を重視しているのかを、コンジョイント実験という手法を用いて定量的に明らかにした 。

図1は分析の結果を示しており、数値はそれぞれの項目のベースとなった選択肢に比べ、何%ポイント事業の選択率が高いか、あるいは低いかを表している。事業の有効性に関する情報の中で、「有効性に関する情報」に関する結果について、「近隣自治体で類似事業が実施されている」という情報を示された場合、「参考になりそうな情報がない」場合よりも選択率が14.2ポイント高まった。「近隣自治体の類似事業について、効果があったと実証した研究がある」と示されると、選択率は21.1ポイント上昇した。一方で、「近隣自治体の類似事業について、効果がなかったと実証した研究がある」と示されると、選択率は12.4ポイント下がった。これらの影響度の差は30ポイント以上あるため、「効果あり」もしくは「効果なし」のいずれかの研究が示されることによって意思決定が大きく左右されると捉えられる。

図1 コンジョイント実験の推定結果
図1 コンジョイント実験の推定結果

ただし、「近隣の類似事業で効果あり」の情報の中には「近隣で類似事業実施」の情報も含まれているため、「効果あり」の研究の実質的な効果は21.1ポイントから14.2ポイントを差し引いた6.9ポイントということになる。このように捉えると、「効果あり」のエビデンスの影響度は、「近隣で類似事業の実施」に比べると小さい。「近隣で類似事業実施」の影響を加味した、「効果なし」の研究の実質的な効果はマイナス26ポイントほどになる。したがって、回答者は「効果なし」というエビデンスにより強く反応していることになる。この結果の背景には、通常事業には効果があると無意識に思っていたところに相反する結果が出たという意外性や損失回避バイアスが働いている可能性が考えられる。

また、海外のエビデンスについては、「海外で類似事業が実施」の効果は7.4ポイントであり、これに「効果あり」のエビデンスが付されると14.2ポイントまで影響が大きくなる。海外の「効果なし」のエビデンスの影響については、近隣自治体と同様に大きく選択率が下がるものの、マイナス9.6ポイントに留まる。したがって、近隣自治体と海外のエビデンスの結果を比較すると、近隣自治体のエビデンスの方が影響が大きい。この背景には、近隣自治体の方が海外よりも自自治体と人口構成や社会環境など政策環境が近いため、より強く回答者の選択に影響を及ぼしたと考えられる。

さらに、職員の属性や経験によってエビデンスの受け止め方に差異があることも分かった。部署に関しては、財務部門に属している職員は効果検証を行ったエビデンスよりも近隣で事業が実施されている事実を高く評価する一方で、企画部門に属している職員は事業の質や具体的な成果をより重視する傾向があることが分かった。また、統計分析の経験がある職員や、EBPMの取り組みに協力的な「推進派」の職員ほど、近隣での事業実施よりも「効果あり」というエビデンスにより強く反応することが分かった。

以上の結果は、エビデンスの利用者である自治体および供給者である研究者双方にとって示唆に富むものである。まず、自治体向けの示唆については、エビデンスの影響力には職員間にバラつきがあり、効果検証に関する分析の経験がある職員やEBPMの取り組みに特に協力的な職員にとっては他の政治的知見や実践的知見に匹敵するほどの影響度であったことから、引き続きエビデンス創出などのEBPMの取り組みを進め、行政内部に協力者を増やすことが肝要である。

また、自治体職員に加え、その周囲の政策関係者のエビデンスリテラシーを高めることも重要である。本研究では、首長や上司、議会や住民、業界団体の意見の影響力も大きいことが明らかになった。これらの関係者の意見がより客観性の高いエビデンスに基づいていれば、その意思決定プロセスは間接的にエビデンスに基づく政策形成を実現していると言える。このため、首長、議会関係者、住民代表、業界団体関係者など、政策決定に影響を与える幅広いステークホルダーに対して、エビデンスリテラシーの向上やEBPMの趣旨や手法に関する理解促進を図ることも有効であると考えられる。

エビデンスの供給者に対する示唆として、「効果あり」のエビデンスよりも「効果なし」のエビデンスが、海外よりも近隣自治体でのエビデンスの方が自治体職員の事業選択に大きな影響を与えることが分かった。学術的なエビデンスの社会実装という観点では、国内の「効果なし」のエビデンスを提供する方が政策形成に活かされる見込みが高いことになる。しかし、国内においては厳密な効果検証を行うことが容易でなく、加えて「効果なし」という分析結果は学術的に評価されにくいのが現状であり、公開されないまま埋もれてしまう「ファイルドロワー(お蔵入り)問題」として問題視されている。学術界においては、統計的に有意な分析結果の方が学術誌に採択されやすい傾向にあるという出版バイアスへの対策が近年講じられているが、「効果なし」の研究成果にも適切な学術的評価を与えるよう、研究評価を見直す動きが求められる。また、自治体側においても、「効果なし」の結果に対しても寛容な姿勢を持ち、想定と異なる結果であったとしてもそこから学び、政策形成に活かす姿勢を保持する必要がある。このような姿勢は自治体職員に限らず、議会議員や住民などさまざまなステークホルダーにも求められるものである。