| 執筆者 | 大久保 敏弘(ファカルティフェロー)/三河 直斗(慶應義塾大学) |
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| 研究プロジェクト | 日本経済の活性化と地方・都市の創生 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「日本経済の活性化と地方・都市の創生」プロジェクト
不確実性時代の日本企業:企業行動から見た政策課題と対応の方向性
1.背景:不確実性が「ニューノーマル」になる時代
近年、日本の製造業を取り巻く経済環境は大きく変化している。地政学的リスクの高まりや国際貿易をめぐる摩擦、関税政策の不透明化に加え、国内では物価高騰や深刻な労働力不足が続いている。こうした要因が複合的に作用し、企業にとって将来の見通しを立てることが難しい「不確実性の高い状況」が恒常化しつつある。
不確実性は将来を予見できない状況である。不確実性は一時的な外生ショックではなく、今後も企業活動の前提条件として存在し続ける可能性が高い。そのため、政策においても、短期的な景気対策にとどまらず、企業が不確実性の下でも持続的に意思決定を行える環境を整備することが重要となっている。
2025年7月~9月にRIETI(プロジェクト「日本経済の活性化と地方・都市の創生」大久保敏弘ファカルティフェロー)にて実施した「不確実性とデジタル経済に関する企業調査」の結果を基に、日本の製造業企業が不確実性をどのように認識し、どのような影響を受け、どのように対応しているのかを整理し、そこから得られる政策的示唆を提示する。
2.企業調査から見えた三つの事実
(1)不確実性は広範かつ重層的に認識されている
調査結果から、多くの製造業企業が不確実性を強く認識していることが明らかになった(表を参照)。特に、物価高騰、原材料やエネルギー価格の上昇、労働力不足といった生産活動に直結する要因が、不確実性の主要な源として広く共有されている。また、関税政策や国際貿易、地政学的リスク、為替変動など国際経済に関わる要因についても、多くの企業が不確実性の要因として挙げている。
このように、不確実性は単一の要因に起因するものではなく、国内外の経済・政治要因が重なり合う形で企業の意思決定を難しくしている。
(2)影響は短期に集中しているが、将来的な波及リスクを内包
不確実性の影響は、現時点では売上や利益、雇用・賃金、設備投資といった比較的短期的な経営指標に集中している。多くの企業が、将来を見通せない状況の中で、売上の減少や投資の抑制といった影響を経験している。
一方で、研究開発投資やIT・デジタル投資など中長期的な成長に関わる分野については、「大きな変化はない」とする企業が多く、現段階では深刻な悪影響は限定的である。しかし、これは企業が不確実性の高まりに対して「踏みとどまっている」状態とも解釈できる。不確実性が長期化すれば、こうした中長期投資や政府が推し進めるデジタル社会経済にも悪影響が及ぶ可能性があり、注意が必要である。
(3)企業の対応は「守り」に徹している
不確実性への対応として企業が最も重視しているのは、雇用維持や労働環境の改善である。多くの企業が、既存の人材を守り、現在の生産体制を維持することを優先している。一方で、国内回帰や新規投資、海外展開の拡大、AIやデータ分析の積極的活用といった、より踏み込んだ対応は極めて限定的である。
総じて、日本の製造業企業は、不確実性の下で「悲観的に縮小する」のではなく、「慎重に動かない」選択をしているといえる。この姿勢は短期的な安定には寄与する一方で、将来的な成長機会を逃すリスクも孕んでいる。
3.企業行動から浮かび上がる政策課題
課題1:不確実性が「対策可能なリスク」になっていない
多くの企業が、関税政策や国際情勢の変化について「影響が不明」と回答している。特に海外取引の少ない国内企業ほど、状況を把握できず、意思決定を先送りする傾向が強い。不確実性がリスクとして整理されず、単なる「分からなさ」として残っていることが、企業行動を停滞させている可能性がある。
課題2:不確実性への対応力の二極化
AIやデータ分析を活用している企業ほど、不確実性への対応としてデジタル化や外部専門家の活用、国際市場の再構築などを進めている。一方で、デジタル技術を導入していない企業では、特段の対応を取れていないケースが多い。不確実性への対応力が企業間で二極化しつつあり、将来的に生産性や競争力の格差を拡大させる懸念がある。
課題3:国際化企業が大きなリスクを負担している
海外直接投資や技術提携、国際的なサプライチェーンに関与している企業ほど、不確実性の影響を強く受けている。これらの企業は日本経済の成長を支える存在である一方、不確実性への対応は基本的に企業任せとなっており、リスクが集中している。
4.政策提言:不確実性下でも企業が動ける環境整備
提言1:不確実性の「見える化」による予見可能性の向上
政府は、関税政策や国際経済動向について、業種別・規模別に整理した情報を継続的に提供し、企業が将来シナリオを描ける環境を整える必要がある。不確実性を完全に取り除くことは困難であっても、予見可能性を高めることで、企業は不確実性を管理可能なリスクとして扱えるようになる。一つのキーは迅速に正確な「情報」をしっかり提供することだ。また政府はリーダーシップを発揮して、日本がどういう経済や社会を目指すのかをしっかり具体的な指針を示していくことが大切になってくるだろう。
提言2:不確実性対応型デジタル化の推進
単なる業務効率化としてのDXではなく、需要予測、在庫管理、サプライチェーンの可視化など、不確実性への対応力を高めるデジタル化を重点的に支援することが重要である。特に中小企業において、デジタル化が不確実性対応の手段となるよう、支援策の設計を見直す必要がある。
提言3:国際化企業とのリスク共有
国際展開を進める企業が過度な不確実性リスクを単独で負担しないよう、FTA・EPAの活用支援や、通商・地政学リスクに関する専門的助言の提供など、リスク共有型の支援を強化すべきである。国際化を進めた企業が不利にならない政策環境が求められる。
提言4:守りの行動を尊重しつつ、攻めへの転換を後押し
雇用維持を重視する企業行動は評価されるべきである。その上で、市場開拓や技術連携、イノベーションへの取り組みを促すインセンティブを組み合わせることで、企業が守りから一歩踏み出す後押しが必要である。
5.おわりに
不確実性の時代において重要なのは、将来を予見のできない「不確実性」を低減させ、想定できるような「リスク」に転換でき、企業がそれを前提として行動できる環境を整えることである。本調査の結果は、日本の製造業が慎重に耐えている現状を示している。政策には、その慎重さが停滞に転じる前に、企業の意思決定を支える役割が求められている。