| 執筆者 | 西岡 修一郎(ウェストヴァージニア大学)/大久保 敏弘(ファカルティフェロー)/田中 万理(ファカルティフェロー) |
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| 研究プロジェクト | 日本経済の活性化と地方・都市の創生 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「日本経済の活性化と地方・都市の創生」プロジェクト
人口高齢化が地域の製造業に与える影響— 市町村レベルの実証分析 —
日本では急速な人口高齢化が進行しており、地域経済の持続可能性に対する懸念が高まっている。下図の地域別(4都道府県)の高齢化率が示すように1980年代以降、各地で加速度的に高齢化が進行している。
本研究は、1980年から2010年にかけての市町村レベルに集計した工業統計調査を用いて、人口高齢化が地域の製造業に与える影響を実証的に分析したものである。分析の結果、人口高齢化は地域の製造業活動に対して明確なマイナスの影響を持つことが確認された。高齢者人口比率の上昇は、製造業の雇用、売上、付加価値をいずれも大きく減少させる。これは、若年労働力の減少による供給制約や、地域需要の変化などを通じて企業活動が圧迫されるためと考えられる。
一方で、平均的な労働生産性や賃金は上昇する傾向が観察された。この結果は、企業の「選別(selection)」によって説明される。すなわち、高齢化の進展により経営環境が厳しくなる中で、相対的に生産性の低い企業が退出し、生産性の高い企業が残るため、平均値としての生産性が上昇するのである。したがって、この生産性上昇は必ずしも企業の効率性の改善や技術革新を意味するものではなく、地域経済の縮小により「セレクションメカニズム」が働き同時に進行している可能性がある。
さらに、企業の参入と退出を分けて分析した結果、新規参入には統計的に有意な影響が見られない一方で、既存企業の退出が顕著に増加していることが明らかとなった。これは、人口高齢化の影響が主として「企業の存続か退出か」に作用しており、「新規創業」を通じた産業の新陳代謝ではなく、「既存企業の淘汰」を通じて現れていることを示唆している。
このような結果は、人口高齢化を「地域における持続的かつ構造的な負のショック」として捉える視点の重要性を示している。東日本大震災や阪神・淡路大震災といった自然災害が短期的かつ急激に企業の退出を引き起こすのに対し、人口高齢化はより緩やかであるものの、長期にわたって同様の退出メカニズムを通じて地域の産業構造に影響を与えていると考えられる。
以上の結果から、以下の政策的示唆が得られる。
第一に、人口高齢化の進展は、主として既存企業の退出を通じて製造業の縮小をもたらす。本研究は、低生産性企業ほど退出しやすいことを示しており、このような選別(selection)は、長期的には資源配分の効率化を通じて経済全体の生産性向上に寄与する可能性がある。この観点から、企業の退出そのものを抑制する政策は必ずしも望ましいとは限らない。
第二に、一方で人口高齢化が急速に進行する地域では、短期的に雇用の減少や地域経済の縮小といった調整コストが大きくなる可能性がある。特に製造業は地域経済における基幹産業である場合が多く、企業の退出が地域全体に与える影響は大きい。このため、政策の役割は企業の退出を直接抑制することではなく、こうした構造調整を円滑に進めることにあると考えられる。
具体的には、労働市場の流動性を高める施策(労働移動の円滑化、再教育・リスキリング支援)、事業承継の促進、人手不足への対応(女性や高齢者の労働参加促進、外国人労働者の活用)などが重要である。これらの政策は、企業の退出によって生じる資源再配分を阻害することなく、調整コストを軽減する役割を果たす。
第三に、本研究の結果は、生産性の上昇が必ずしも経済の健全な拡大を意味しない可能性を示唆している。人口高齢化のもとでは、生産性の上昇が企業の退出による「選別」の結果として生じる場合があり、その背後で雇用や事業所数が減少している可能性がある。このため、政策評価においては、生産性指標のみならず、雇用や地域経済の規模といった側面を含めた総合的な評価が必要である。
以上の点を踏まえると、人口高齢化が進展する地域においては、「非効率な企業を温存する」政策ではなく、「構造調整を円滑に進める」政策への転換が重要である。本研究は、日本の詳細な地域データに基づき、人口高齢化が製造業の縮小と企業選別を通じて地域経済に影響を与えることを明らかにしたものであり、今後の地域政策および産業政策の設計に対して重要な示唆を提供する。