ノンテクニカルサマリー

固定資産税の口座振替勧奨ナッジ―2つの自然フィールド実験からの証拠―

執筆者 西畑 壮哉(慶應義塾大学 / 三菱UFJリサーチ&コンサルティング)/小林 庸平(コンサルティングフェロー)/石川 貴之(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
研究プロジェクト 機能するEBPMの実現に向けた総合的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「機能するEBPMの実現に向けた総合的研究」プロジェクト

問題意識と分析の概要

税務コンプライアンスの向上は、税収の増加や行政・納税者の手続き費用削減の観点から、社会的に重要な意義を持っている。こうした背景から、既存研究では、特に滞納者に対する督促状の効果を高めるために、行動科学の知見を用いた介入研究が数多く行われてきており、督促状を工夫することによって税務コンプライアンスを高められることが確認されてきた。しかし、督促状は滞納があるたびに送付しなければならないため、定常的に行政コストを要することになる。

納税方法の一つとして日本で広く活用されてきた銀行の口座振替は、一度導入されれば継続的に納税額が引き落とされるため、督促や徴収に伴う行政コストの削減につながることが期待される。

そこで本研究では、神奈川県横浜市において固定資産税の新規納税者に対して口座振替納付を勧奨するナッジの有効性を検証するために2つの自然フィールド実験を実施した。2020年度に実施した実験(実験➀)では、ナッジチラシおよび申請に必要な所有者コードの送付によって、口座振替の申込率がどの程度高められるかを検証した。2021年度に実施した実験(実験➁)では、ナッジチラシ、ナッジ封筒、所有者コードの送付をそれぞれ別個に実施し、各介入の効果を測定した。ナッジチラシでは、情報を簡素化するとともに、口座振替の申込ステップを明示するといった工夫を行った(図)。

図 通常のチラシ(左)・ナッジチラシ表面(真ん中)・ナッジチラシ裏面(右)
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図 通常のチラシ(左)・ナッジチラシ表面(真ん中)・ナッジチラシ裏面(右)

分析結果のポイントと政策的インプリケーション

実験➀では、ナッジチラシの同封および申請に必要な所有者コードの送付を同時に行うと口座振替の申込率が8.8%ポイント上昇することが示された。実験➁では、ナッジチラシの同封のみを行うと2.7%ポイント、所有者コードの送付のみを行うと2.8%ポイント、口座振替の申込率が高まることが示された(ナッジ封筒は効果なし)。これらの結果は、口座振替の申込を促すうえで、ナッジが有効であることを示唆している。

加えて、2つのナッジを同時に実施した場合の効果(8.8%ポイント)は、別々に実施した場合の効果の合計5.5%ポイント(=2.7%ポイント+2.8%ポイント)よりも高い。このことは、2つのナッジ介入間に補完的な関係が存在することを示唆しており、行動変容を促すために複数の手段を組み合わせることの有効性を示唆している。

以上のとおり本稿の実験においては口座振替の申込率は上昇したものの、観測期間内における納期内納付率の改善は確認されなかった。その背景として、新規納税者の滞納率が低く短期的には改善の余地が少ないこと、本介入によって口座振替の申込を行うこととなった者の税務コンプライアンス意識がもともと高かったことが推測される。