| 執筆者 | Robert J R ELLIOTT(バーミンガム大学)/KUAI Wenjing(湖南大学)/大久保 敏弘(ファカルティフェロー)/Ceren OZGEN(バーミンガム大学 / IZA) |
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| 研究プロジェクト | 日本経済の活性化と地方・都市の創生 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「日本経済の活性化と地方・都市の創生」プロジェクト
日本企業の国際展開とグリーン化:日本の製造業企業におけるグリーン製品・グリーン生産プロセスと貿易政策ショック・経済安全保障
要旨
本研究は、日本の製造業企業を対象に企業の国際展開の形態とグリーン化の関係、さらにそれが貿易政策ショックへの脆弱性にどのように影響するかを分析した。分析の特徴は、「グリーン化」を「グリーン製品生産」と「グリーン生産プロセス」という二つの異なる側面に分けて捉え、国際展開についても単なる輸出入にとどまらず、グローバル・バリューチェーン(GVC)への関与やその相手地域を明示的に区別している点にある。主な結果として、日本の製造業ではグリーン化は広く観察されるものの主として生産プロセスに偏っており、広汎なGVCへの参加、とりわけ欧州市場と結びついたGVCに参加している場合、特にプロセス型グリーン化が促されることが明らかになった。一方で、貿易政策ショックへの耐性はグリーン化のタイプによって大きく異なり、グリーン製品生産は負の影響を部分的に緩和するのに対し、グリーン生産プロセスはむしろ脆弱性を高める可能性が示された。
1. 背景と問題意識
脱炭素化は製造業にとって不可避の課題であり、企業の環境対策は国内規制だけでなく、国際市場やサプライチェーンを通じても影響を受ける。特に日本の製造業は、アジアと欧米を結ぶ国際分業の要として、環境基準や取引慣行の異なる複数の市場と同時に関わっている。
しかし、既存研究では、環境対策を汚染集約度などの単一の指標で捉えたり、国際化を「輸出の有無」といった粗い尺度で測定することが多く、どのような国際展開が、どのようなタイプのグリーン化と結びついているのか、またそれが企業の経済的パフォーマンスやショック耐性にどのような影響を及ぼすのかは十分に明らかでなかった。
2. グリーン化の二つの側面:「グリーン製品生産」と「グリーン生産プロセス」
本研究では、企業のグリーン化を以下の二つに区別する。
第一のカテゴリーはグリーン製品生産である。これは、EV、省エネ機器、LED、太陽電池など、環境配慮型の製品やサービスを市場に供給する活動を指す。グリーン製品は、環境性能や技術的特性によって製品差別化されやすく、市場における競争力に直結する。
第二のカテゴリーはグリーン生産プロセスである。これは、省エネルギー投資、排出削減、環境管理体制の整備など、企業内部の生産工程に関わる環境対策を指す。これらは脱炭素の観点から重要である一方、設備投資や固定費の増加を伴う性格を持つ。
分析の結果、日本の製造業企業の約半数が何らかのグリーン活動を行っているものの、その中心は生産プロセス面にあり、製品面でのグリーン化は相対的に限定的であることが確認された(表)。
3. 国際展開とグリーン化:GVCと地域の違い
国際展開を行う企業ほどグリーン化している。しかし、国際展開を詳しく分解すると、重要な違いが明らかになる。とりわけ生産プロセス面での環境対策と強く結びついているのは、欧州市場と強く結びついた広汎なGVCへの参加である。これは、欧州市場を中心に、環境基準や監査、認証といった検証可能な生産プロセスが取引条件として強く求められるためである。結果として、日本企業は西欧向けGVCに組み込まれる過程で、生産プロセス面のグリーン化を強く促されている。
4. 貿易政策ショックにおけるグリーン化の非対称な効果
本研究の最も重要な発見は、国際展開とグリーン化が、貿易政策(関税)ショックへの影響を異なる方向に作用させる点にある。まず、GVCを含む国際展開を行う企業ほど、関税引き上げといった貿易政策ショックによる売上減少の影響を受けやすい。国際分業に深く関与するほど、外生的な政策変更の影響が大きくなる。しかし、その影響はグリーン化のタイプによって大きく異なる。グリーン製品の生産を行っている企業では、貿易政策ショックによる負の影響が部分的に緩和される。EVや省エネ機器などのグリーン製品は差別化された製品であり、関税引き上げといった負のショックがあっても、輸出や販売を維持しやすい。これに対して、グリーン生産プロセスが進んでいる企業では、ショックによる負の影響がむしろ大きくなる傾向が確認された。生産プロセスのグリーン化は設備投資を伴うため、短期的にはコスト負担となり、需要減少や関税引き上げに対する耐性を弱める可能性がある。
5. 政策的含意
本研究は、脱炭素政策と産業競争力政策ないし経済安全保障を同時に考える上で、重要な示唆を与える。
第一に、企業のグリーン化を一括りにした政策設計は適切ではない。グリーン製品の生産は、企業の環境対策と同時に脱炭素化の流れの中で国際的に重要かつ需要の大きい製品を生産するため企業の競争力や経済的レジリエンス(耐久性)を高める可能性がある。一方、グリーン生産プロセスは脱炭素の観点では不可欠であるものの、企業のコスト構造を硬直化させ、外部ショックに対する脆弱性を高めうる。
第二に、こうしたグリーン製品の生産拡大はエネルギー政策とも整合的に位置づけることができる。グリーンジョブの定義において再生可能エネルギー関連製品やエネルギー効率改善に資する製品は中核的な要素である。再生可能エネルギー機器、省エネ技術、環境配慮型製品の研究開発や市場創出を支援することは、単なる環境目標の達成だけでなく、日本の製造業の国際競争力の向上と地政学的なリスクや不確実性への耐性を高める観点からも合理的である。
第三に、生産プロセス面でのグリーン化を進める際には、企業の環境対策コストの負担やリスクを緩和するような補完的政策が不可欠である。脱炭素と経済安全保障・地政学的リスクへの対応が同時に求められる時代においては、どのような形のグリーン化を促すのかを明確に区別し、細かい政策対応が強く求められる。