ノンテクニカルサマリー

日本企業におけるAI活用とその経営効果に関する実証研究:データ、人材、企業組織との補完的関係

執筆者 金 榮愨(専修大学)/元橋 一之(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト デジタルイノベーションモデルに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「デジタルイノベーションモデルに関する研究」プロジェクト

「AI・データの経営活用に関するアンケート調査」(2024年1月~3月、経済産業研究所)のデータを用いて、企業におけるAI活用とその経営効果について分析を行った。本調査においては、AIの活用に伴う1次的、2次的な経営効果について、AI活用との関係性において直接的な影響について調査が行われている。本稿では、アンケート調査で行われた経営効果に関する項目を、コストカットを中心とした業務効率化を目的としたもの(業務効率化)、新規ビジネスの開拓等の探索的作業の充実を目的としたもの(イノベーション創出)及び顧客価値向上に関するもの(マーケティング高度化)に大きく三分し(下図参照)、それぞれの効果と経営効果を得るための補完的資産(人材、データ、組織)との関係について分析を行った。

図:AI経営効果に関するアンケート調査結果と分析対象分類
図:AI経営効果に関するアンケート調査結果と分析対象分類

その概要については、以下のとおりである。

  • AIを用いた「業務効率化」においては内部データの活用が重要であり、内部データと外部データの双方を利用することでより高い経営効果が得られる。一方で「人材」や「組織」との補完的な関係は見られない。
  • AIを用いた「イノベーション創出」については、外部データの活用が重要である。また、人材と内部データが補完的な関係にあり、人材が十分でないと内部データを用いた効果は得られない。更に全社的データ組織については、外部データと補完的である。
  • AIを用いた「マーケティング高度化」については、内部データと外部データのそれぞれの活用が重要である。また、内部データについては人材と補完的、外部データについては人材と代替的となる。また、全社的組織と外部データについても代替的な関係がみられ、人材に乏しく、データ管理に関する組織が十分でない企業は外部データに依存したマーケティングで効果を引き出すという逆の因果関係が影響している可能性がある。

「業務効率化」は、AIをルーチン業務に適応して既存業務をシステムで置き換えることで生産性の向上を図る内容のものであり、内部業務のためのシステムには内部データが必要となることはある意味自明である。対象となるAIシステムの内容としては「製造プロセス監視システム」、「生成AIによる社内文書作成」、「画像認識による労働安全システム」など多岐にわたるが、それぞれが特定のタスクに特化した個別システムであり、頻出するニーズに対応したパッケージ製品も入手しやすい。従って、現場主導で進めることができ、システム開発のための社内人材に対するニーズも大きくないことから、全社的組織や人材との補完性は見られなかったと解釈できる。

その一方で新商品や新事業開発などの「イノベーション創出」は非定型的業務であり、企業内外の動向を踏まえてAIを活用していく必要がある。従って、内部データに加えて、外部データの活用も重要である。また、これらの業務におけるAI活用については、人とAIの共創関係が重要であるとされている。従って、データを活用するための人材が重要になってくる。更にはイノベーション創出は競合他社との競争優位を保つうえで重要な活動であるため、外部データを戦略的に収集し、社内活動に落とし込んでいくための全社的データ組織の存在も重要になる。

AIは定型的な業務を人からシステムに置き換えることによる効率化ツールとして用いられており、近年の生成AIの普及によってその活用範囲が広がってきている。同時に、イノベーション活動といった非定型業務の効率化にも使われ出している。AI技術の進展によって、この傾向は今後も続くものと考えられるが、企業においてAIを戦略的に活用していくためには、効率化のツールとしてだけでなく、イノベーションのような創造的活動にも積極的に対応していくべきである。そのためには、それを支える人材(データサイエンティスト)の育成を組織的に行っていくことが重要である。また、政府においては、企業のAIを含めたDXを推進するための人材育成について教育機関における対応も含めた政策や制度を充実させることが必要である。