ノンテクニカルサマリー

起業意識の国際比較-日本・イギリス・韓国の比較調査-

執筆者 吉田 悠記子(京都大学)/本庄 裕司(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ」プロジェクト

「ユニコーン」と呼ばれるスタートアップ企業が世界経済への影響力を高める中、起業に対する注目度が高まっている。他方、日本では、学生起業家が徐々に増えている印象を与えるとはいえ、高校・大学などの卒業予定者を一括で採用する「新卒採用」がみられている。2025年3月、富士通株式会社が一律の新卒採用を取りやめるなど労働市場に少しずつ変化がみられているとはいえ、多くの人が既存企業への就職を選択する就業構造は大きく変化していない。日本で起業を促進するためには、就職を選択した有職者の起業意識、また、その要因を明かにすることは重要といえる。

本稿では、有職者を対象に実施したアンケート調査「起業と転職の意識に関する国際比較調査」を用い、職歴などの個人属性および思考特性が起業意識に与える影響を検証する。この調査では、独自に作成した調査票を用い、2024年4月24日~5月15日、20歳~59歳の現業(パート・アルバイトは除く)を有する有職者を対象にインターネット調査を実施している。その特徴として、日本だけでなく、比較的経済規模や人口の近いイギリス、韓国についても同様に調査した点である。データブック国際労働比較2023より3ヵ国の性別・年齢階級別就業者数に合わせて割付回収を行い、最終的なサンプルサイズは、日本3,191、イギリス3,092、韓国3,070の合計9,353となっている。

 

「起業と転職の意識に関する国際比較調査」では、起業への関心、起業の経験、転職への関心、転職の経験の4つを質問している。図1は起業の経験と起業への関心を示しており、詳細は表1の通りである。起業の経験がある場合、日本、イギリス、韓国すべての国で、起業への関心のある比率が60%を超える。一方で、起業の経験がない場合、イギリスと韓国では、起業への関心のある比率は50%を超えるが、日本は24%にとどまり、イギリス、韓国との差異がみられる。

 

図2は起業経験者の起業への関心を示しており、詳細は表2の通りである。起業経験者を起業した事業を継続している人と継続していない人に分類する。起業経験者のうち、起業した事業を継続している人の場合、日本、イギリス、韓国すべてにおいて、起業への関心のある比率が70%を超えており、起業を継続している経験が次の起業への関心につながっている。一方で、起業した事業を継続していない人の場合、事業を継続している人と比較して起業への関心のある比率は低いが、3ヵ国とも50%を超えている。

起業経験者の起業への関心は、日本、イギリス、韓国で大きな傾向の違いはみられなかった。一方で、起業の経験がない場合、日本の起業への関心がある比率は、起業の経験がない場合と比較して半数未満となっている。イギリスと韓国も起業の経験がない場合、起業の経験がある場合と比較して起業への関心が低いが、日本ほど起業の経験の有無による違いはない。

図1 起業の経験と起業への関心
図1 起業の経験と起業への関心
図2 起業経験者の起業への関心
図2 起業経験者の起業への関心
表1 起業の経験と起業への関心
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表1 起業の経験と起業への関心
注:全体:N=9,353,Pearson χ2=361.7 (p<0.01).日本:N=3,191,Pearson χ2=101.4 (p<0.01).イギリス:N=3,092,Pearson χ2=69.4 (p<0.01).韓国:N=3,070,Pearson χ2=70.5 (p<0.01).
表2 起業経験者の起業への関心
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表2 起業経験者の起業への関心
注:全体:N=1,043,Pearson χ2=61.3 (p<0.01).日本:N=118,Pearson χ2=4.2 (p<0.05).イギリス:N=493,Pearson χ2=50.3 (p<0.01).韓国:N=432,Pearson χ2=21.3 (p<0.01).

ディスカッションペーパー本文では、起業の関心に与える要因を検証している。スタートアップ企業との取引経験、投資経験、特許の出願・取得に関する経験、コアとなる技術・製品・システム・サービスの開発経験、また、表彰の経験など、いくつかの要因と起業の関心との関係を示している。こうした結果に基づいて、スタートアップ企業と連携する機会の増加、表彰制度の充実など、また、企業内の取り組みや制度の変化が起業意識の向上につながることを示唆している。起業への関心の要因を検証することが、日本を含むそれぞれの国での起業の理解につながり、また、その要因を支援する政策は、起業の促進の契機となるだろう。