| 執筆者 | 枝村 一磨(神奈川大学)/宮川 努(ファカルティフェロー) |
|---|---|
| 研究プロジェクト | 包括的資本蓄積を通した生産性向上 |
| ダウンロード/関連リンク |
このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
特定研究(第六期:2024〜2028年度)
「包括的資本蓄積を通した生産性向上」プロジェクト
本論文は、民間企業の環境関連活動に関して、二つの側面から新たな実証分析を行っている。一つは、何故民間企業が環境関連投資を行うかということに関して合理的な根拠を踏まえた上での実証分析を行っている。株主主権説からすると、環境関連投資のような公共性の高い投資は、民間企業の役割とはみなされない。それにもかかわらず、民間企業が環境関連投資を実施するためには合理的な根拠がなくてはならない。これまでは、環境関連技術の蓄積が、将来的にその企業にとって競争的優位をもたらすという説明がなされていた。本論文では、こうした企業の競争的優位がもたらす長期的な収益性が、企業の将来にわたる合理的な判断の結果であるとの定式化から導かれた、企業価値関数に環境関連の知識資産(R&D活動の累積値)を含めることで、実証分析を行っている。
本稿のもう一つの貢献は、環境関連技術への投資が行われている企業の特性を明らかにしたことである。我々の実証分析では技術知識を取り上げているので、実証分析の際に技術貿易の有無や企業規模でサンプルを分けている。
日本における研究開発投資の中での環境関連技術の割合だが、これは図1にも示されているように、企業単位で見ても、全体の研究開発投資の中で見ても増加基調となっている。日本の研究開発投資全体のGDP比率は3%台で、それほど増えていない。GDP自体が大きく増えていないので、研究開発投資額全体としても増えていない中で、環境関連R&Dの比率が増えているということは、環境関連のR&D活動が無視できない動きになっていることを示している。
こうした環境関連の研究開発投資について、企業は将来的な収益を見込んだ上で実施しているのだろうか。我々がまず製造業企業全体について行った推計では、環境関連R&Dはやはり企業価値を高める方向であるとの結果を得ている。しかし推計の係数から見ると、環境関連R&Dに伴う付帯費用はかなり高く、短期的なコスト負担をしたうえで長期的な収益につなげる狙いがあると考えられる。
一方サンプル分割による推計では、やはり環境関連R&Dが企業価値に結び付いているのは、技術貿易を行っている企業であり、技術貿易を行っていない企業ではこうした効果は検出できない。技術貿易を行うためには、企業自身に先端技術を受け入れたり提供したりする基盤がなくてはいけないが、こうした企業自身の知識基盤があって、初めて環境関連技術も企業価値の向上に寄与できるということがわかる。また環境関連技術と企業価値の関係は、大企業にのみ見られる現象だということも明らかとなっている。これは推計結果から示された、環境関連R&D投資に伴う付帯費用の大きさとも整合的な結果であると言える。
ただ、世界的には米国がパリ協定を離脱して、環境改善政策を顧みないようになると、米国と関連が深い日本企業にとっては、環境改善を行うインセンティヴは小さくなると考えられる。日本がパリ協定に沿って環境改善政策を進めるとすれば、政府としてより民間の環境改善策を支援していく明確な姿勢が必要であると考えられる。