ノンテクニカルサマリー

日本における屋内禁煙と子どもの健康への影響

執筆者 TANG Meng-Chi(国立中正大学)/WANG Mingyao(一橋大学)/殷 婷(研究員(特任))
研究プロジェクト コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト

受動喫煙は、非喫煙者に負の外部性を及ぼす公衆衛生上の脅威として、長年にわたり認識されてきた。この問題に対処するため、日本では2020年4月に改正健康増進法(以下、禁煙法)により全国的な屋内禁煙が実施され、公共空間での喫煙が禁止された。この法律の施行により、喫煙者が喫煙可能な公共空間が大幅に制限され、子ども連れで訪問する施設(レストラン、商業施設等)での受動喫煙機会が減少することで、喫煙世帯の子どもの受動喫煙への曝露が低減された可能性が高い。本研究では、この政策が少なくとも1人の喫煙者がいる世帯により直接的な影響を及ぼすと仮定する。なぜなら、こうした世帯は喫煙が許可されていた公共エリアを訪れる可能性が高く、その結果、政策の施行によって公共の場での喫煙機会が減少し、子どもの受動喫煙曝露が低下すると考えられるためである。

本研究では、日本の2歳未満児を対象に、喘息診断確率を分析することで、禁煙政策が喫煙世帯の子どもの健康アウトカムを改善するかどうかを検証する。2018年から2023年までのJMDCレセプトデータベースの月次データを用いた分析の結果、喫煙世帯の子どもは非喫煙世帯の子どもと比較して喘息診断確率が高いものの、この差は禁煙法施行後に漸減した。さらに、同年齢の子どもを比較した場合、禁煙法施行から1年後には、喫煙世帯の子どもの喘息診断確率が有意に低下していた。加えて、政策実施からの経過時間に基づいて効果を分析した結果、禁煙法施行後1年から1年半の期間において、喫煙世帯の子どもにおける喘息診断が顕著に減少したことが明らかとなった。我々の結果は、処置群(喫煙世帯の子ども)と対照群(非喫煙世帯の子ども)がパンデミックの影響を同様に受けたという仮定の下で導かれており、この仮定により政策効果とパンデミックの影響を分離して検証することが可能となっている。以下の図は、禁煙政策が導入されたあとに生まれた子どもについての分析で、政策導入後の時間の経過によって、喫煙世帯の子どもにどのような変化があったかを示すものである(非喫煙世帯との比較で、改善(喘息受診率が低下)した場合、マイナス)。結果を見ると、生まれてから最初の半年間では、政策による目立った効果は見られなかったが、政策実施から15か月後には喫煙世帯の子どもは、非喫煙世帯の子どもよりもやや多く病院を受診していることが分かった。一方で、さらに長い期間が経過すると、喫煙世帯の子どもで喘息の発症が減少する傾向が見られた。つまり、政策の効果は時間とともに表れ、実施から約21か月後には喫煙世帯の子どもは非喫煙世帯の子どもよりも喘息の発症率が低いという状況も見られた。したがって、禁煙政策は、21か月経過後には喫煙世帯と非喫煙世帯の子ども間の健康格差を有意に緩和していることがわかる。

図 政策実施後の浸透効果
図 政策実施後の浸透効果

最後に、政策が喫煙世帯の子どもの健康に非線形的な影響を与えたという我々の結果に基づき、いくつかの政策示唆が導かれる。第一に、禁煙政策の評価は短期的な効果のみに焦点を当てるべきではない。そうすることで真の影響が過少評価される恐れがある。第二に、健康状況の一時的な悪化を考慮すると、屋内喫煙禁止には喫煙可能な場所での喫煙増加を防ぐ補完的措置を合わせて実施することが不可欠である。例えば、私的環境における受動喫煙の危険性に関する宣伝、禁煙支援サービスへのアクセスなどは、こうした意図せざる短期的影響を緩和するのに役立つ可能性がある。こうした支援策の実施は、喫煙禁止措置の全体的な効果を高め、移行期間中の脆弱なグループを保護するかもしれない。