| 執筆者 | 橋本 由紀(上席研究員(政策エコノミスト))/井上 俊克(滋賀大学)/坂下 史幸(経済産業研究所)/角谷 和彦(研究員(政策エコノミスト)) |
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| 研究プロジェクト | 総合的EBPM研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「総合的EBPM研究」プロジェクト
本研究では、中小企業の生産性向上を目的とした設備投資補助金事業である「ものづくり補助金」の効果を分析する。この補助金事業は毎年実施され、過去の公募で採択された事業者も繰り返し申請することができる。このような「リピーター」が存在する制度では、標準的な統計的因果推論手法を用いた場合、単年度の補助金効果と翌年度以降の受給に伴う効果が累積または相殺されて推定されてしまう。
本研究は、このようなリピーターを認める補助金事業において、将来の補助金事業に採択される確率の差を計算し、単年度のみの補助金採択がもたらす直接的な効果(「部分効果」)を推計することで、補助金を複数回受給した事業者の影響も含む累積効果(「総合効果」)と「部分効果」を比較する。
「部分効果」と「総合効果」の乖離が大きい場合、補助金の効果に関するエビデンスの解釈は大きく変わりうる。もし一度補助金事業に採択された事業者が、将来の補助金事業にも採択される確率が高ければ、補助金の「総合効果」は複数の補助金の効果が累積したものとなる。一方、一度補助金事業に採択された事業者のほうが将来の補助金事業に採択される可能性が低ければ、「総合効果」の大きさは減少する。このように「総合効果」は、複数回の補助金受給の効果や採択確率の差を含むことによって、解釈が複雑になる。対して複数回の補助金受給の効果をコントロールした「部分効果」では、一回の補助金受給のみの効果を推定するため、特定年度の補助金事業の効果としての解釈も容易である。
そこで本研究では「部分効果」に着目し、「総合効果」との乖離を確認しつつ、平成27年度ものづくり補助金の売上高、従業員数、一人当たり売上高(労働生産性)に関する「部分効果」を推定する。分析の結果(下図)、補助金を受給した企業は売上高と雇用者数を有意に増加させるが、その効果は初回の受給効果だけではなく翌年以降の事業で採択された補助金によって上乗せされていたことが分かった。具体的には、平成27年度ものづくり補助金事業の採択企業は、不採択企業に比べて平成28年度以降の同事業でも採択確率が高く、「総合効果」は「部分効果」に比べて約14%高い値に推計されることが分かった。ただし、「部分効果」においても、補助金受給が売上高と雇用者数に及ぼす効果は正で有意であった。しかしながら、労働生産性への影響は「総合効果」と「部分効果」とも有意ではなかった。
本研究の知見は、同じ補助金事業に繰り返し応募・受給する「リピーター」が存在する補助金制度の政策評価(EBPM)において重要な示唆を与える。ものづくり補助金は受給事業者の売上高と雇用を拡大させる効果を持つことを確認したが、その効果の一部は複数回の補助金受給の効果も含み増幅されていたこともわかった。補助金の効果を評価する際には、複数回の補助金受給の効果が累積した「総合効果」をみたいのか、単年度の補助金事業の効果である「部分効果」をみたいのか、本研究は評価する政策の目標に応じたKPIの設定とそれに対応した分析、議論の重要性を示唆するものである。