ノンテクニカルサマリー

戦略的な笑顔:選挙キャンペーンにおけるジェンダー化された顔の表情

執筆者 浅野 正彦(拓殖大学)/尾野 嘉邦(ファカルティフェロー)/遠藤 勇哉(早稲田大学)
研究プロジェクト 持続可能な社会実現への挑戦:実験とデータを活用した社会科学のアプローチによる解決策の探求
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「持続可能な社会実現への挑戦:実験とデータを活用した社会科学のアプローチによる解決策の探求」プロジェクト

有権者は候補者を評価する際、しばしば性別に基づく固定観念に依拠する。こうしたステレオタイプは政策的立場の判断にとどまらず、候補者の性格的特性の評価にも及ぶ。一般的に、男性候補は「強硬で攻撃的」、女性候補は「優しく思いやりがあり、好感度が高い」と見なされやすい。既存研究によれば、女性候補はこのような期待に直面するため、否定的感情を示す言葉を避け、肯定的な表現を多用するなど、言語表現面で戦略的に行動する傾向があることが示されてきた。

もっとも、候補者の選挙戦における有権者とのコミュニケーションは言語的メッセージに限られない。演説に加え、ポスターや選挙公報に掲載される顔写真など、非言語的な手がかりも重要な役割を果たす。先行研究は、外見的魅力や笑顔といった視覚的要素が有権者の印象形成や投票行動に影響を与えることを示している。しかし、こうした非言語的要素の効果において、ジェンダーが果たす調整的役割については十分に検討されてこなかった。

本研究は、日本の衆議院選挙を対象に、候補者の顔写真に表れる笑顔の有無と強さに着目し、次の2つの仮説を検証する。

仮説1:女性候補は男性候補よりも選挙キャンペーンの顔写真で笑顔を示す傾向が強い。仮説2:笑顔は男性候補よりも女性候補に対して得票により強いプラス効果をもたらす。

分析には、1996〜2021年の衆議院選挙における「選挙公報」と、2024年選挙の「選挙ポスター」に掲載された延べ1万人以上の候補者の顔写真を用いた。表情の計測には、OKAO Vision(Smile Index)および FaceReader™(Happy Index)という表情分析ソフトを用いて、候補者の「笑顔の強さ」を客観的に数値化した。

図1に示すのが、各候補者の顔写真の「笑顔の強さ」を従属変数とし、性別、年齢、現職ダミー、当選回数、与党ダミー、世襲ダミー、所属政党といった候補者の属性に加え、選挙区定数などの選挙区要因を説明変数に含めた回帰分析の結果である。

図1:候補者属性が Smile Index と Happy Index に与える影響
図1:候補者属性が Smile Index と Happy Index に与える影響

図2に示すのが、各候補者の得票率を従属変数とし、説明変数として顔写真の「笑顔の強さ」、候補者特性(性別、年齢、現職ダミー、当選回数、与党ダミー、世襲ダミー、所属政党)、選挙区要因(定数、立候補者数)に加え、交互作用項(笑顔の強さと性別)を含めた回帰分析の結果である。

図2:Smile Index / Happy Index の限界効果(性別ごと)
図2:Smile Index / Happy Index の限界効果(性別ごと)
Note : ドットは Smile Index / Happy Index の推定限界効果を示し、横線は95%信頼区間を表す。1996〜2021年の標準誤差は候補者単位、2024年総選挙の標準誤差は選挙区単位でクラスタ化。左図は1996年から2021年の総選挙で用いられた「選挙公報」に掲載された顔写真を使用したものであり、右図は2024年の総選挙で用いられた「選挙ポスター」に掲載された顔写真を使用したものである。なお、両者の間で計測方法が異なるため、直接数値を比較することはできないが、同じような傾向を示している。

回帰分析の結果、女性候補は男性候補に比べ有意に高い笑顔スコアを示し、ジェンダーが表情に大きく影響していることが明らかになった(図1)。また、笑顔スコアと得票率の間には正の相関があり、特に女性候補では効果が顕著であった(図2)。具体的には、笑顔を見せることで得票率が 2.12〜11ポイント 上昇し、逆に笑顔を示さない場合は有意に得票が減少した。

以上の結果は、女性候補が単に社会的な期待に従って笑顔を見せているのではなく、選挙戦略の一環として表情を操作し笑顔を活用していることを示唆している。すなわち、笑顔は非言語的な自己表現であると同時に、女性候補にとって選挙上の重要な戦略資源となっていると言える。本研究は、従来の「言語的メッセージ中心」の候補者戦略研究を補完し、非言語的な要素、とりわけ顔の表情というビジュアル表現を戦略的行動として捉える新たな視点を提示するとともに、ジェンダーに基づく期待が顔の表情にも及んでいることを明らかにした。