執筆者 | 岩田 真一郎(神奈川大学)/近藤 恵介(上席研究員) |
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研究プロジェクト | 地方創生のためのエビデンスに基づく政策形成 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
地域経済プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「地方創生のためのエビデンスに基づく政策形成」プロジェクト
はじめに
新型コロナウイルス感染症の流行により、政府は感染拡大防止措置と経済社会活動の両立という困難な課題に直面することになった。新興感染症の初期対策として、接触制限等の公衆衛生対策が有効である一方、同時に大きな経済的停滞を引き起こしてしまう。そのため、介入措置がどれほど経済活動に影響を与えていたのかを把握することは、今後の新興感染症の備えとして重要な政策課題となっている。
本研究では、日本で実施された緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置が、人流抑制を通じて小売業績に与えた影響を定量的に評価することを目的とする。緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置により休業要請が出された業種とは異なり、小売業は国民の生活を支える必需品・サービスを扱うため、緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置の期間中であっても営業を継続することになった。そこで、介入期間中とそうでない期間を区別することで介入効果の計測を試みる。
分析方法
本研究の特徴は、月次単位の小売事業所データと人流データを接合した統計分析にある。それにより、小売事業所の周辺滞在人口の変化によって、どれくらい商品販売額が影響を受けたのか定量的に評価することが可能となる。統計分析では、事業所や立地先の固定効果を除去するため、一階階差の回帰モデルを構築する。また、人流の政策介入ダミーの交差項を導入することで、緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置の介入効果を検証する。
データ
本研究では、「商業動態統計調査」(経済産業省)の丙調査の調査票情報を統計法のもとで二次利用する。従業者50人以上の小売事業所のうち、百貨店及びスーパーに該当する事業所が対象となる。主な調査項目として、商品販売額、月末従業者数、月間営業日数等が含まれる。また、商品販売額の内訳まで把握することができる。月末従業者数、月間営業日数はコントロール変数として使用する。
人流データは、「全国の人流オープンデータ(1kmメッシュ)」(国土交通省)を利用する。国土交通省が無償で公開するオープンビッグデータであり、1km × 1km メッシュに基づく滞在人口の月次データとなる。対象期間は、2019年1月から2021年12月までで、滞在人口は、Agoop社のスマートフォンアプリに基づき、換算人口値を算出する。換算人口値は、1か月間における1日あたりの平均値を表す。
結果
ここでは商品販売額合計についての結果を掲載する。まず、新型コロナウイルス感染症以前より、人流と商品販売額の間には正の相関があり、平日よりは週末・休日の人流と相関が強いことがわかった(図のPre COVID-19)。感染流行中(図のCOVID-19)においてもこの傾向は特に変わらず、人流と商品販売額の間には引き続き正の相関がみられ、とりわけ週末・休日の人流との相関が強いことがうかがえた。休日・週末の滞在人口に着目すると、小売事業所の周辺1kmメッシュ内の滞在人口が10%増加すると、商品販売額は約0.9%増加につながるという関係が得られている。
下図では、緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置の効果を、仮に月全体が介入期間であったとしたらという仮想の状況のもとで定量化し可視化している。図のEmergency 2020より、2020年4月から5月における緊急事態宣言では、周辺1kmメッシュ内の滞在人口が10%減少すると、商品販売額は約4.9%減少につながると予測され、平時よりも感染拡大防止の介入効果が大きく上乗せされている。
一方で、図のEmergency 2021より、2021年における緊急事態宣言では、その効果は半減し、周辺1kmメッシュ内の滞在人口が10%減少すると、商品販売額は約2.0%減少につながると推定され、2021年のまん延防止等重点措置でも同等の結果となっている(図のPriority Measures)。これらの結果は、初期段階では未知の感染症に対する外出自粛効果がより強く反映され、第1回目の緊急事態宣言で行動変容が見られたが、徐々にその効果が薄れていったことを示唆する。
また平日・休日の区別を見ると、緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置は、主に、休日の買い回り行動に影響を与えていたことがわかった。平日は飲食料品のみが緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置により商品販売額の影響を受けていたことも明らかになった。

政策的含意
感染症拡大防止を目的とした緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置は、人流抑制を通じて、小売業績を低下させることが明らかになった。ただし、平日・休日の区別、商品の特性に応じてその影響は大きく異なることもわかった。持続化給付金制度では不正受給が問題にもなったが、緊急事態宣言およびまん延防止等重点措置により人流の落ち込みが激しくなった地域をビッグデータとして把握し、平均的な立地・商品特性に応じた売上減少の予測値を算出しておくことで、より迅速な審査につなげられる可能性がある。