執筆者 | 小林 庸平(コンサルティングフェロー)/馬場 康郎(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)/佐藤 主光(フェカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 法人課税の今後の課題と実証分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
政策評価プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「法人課税の今後の課題と実証分析」プロジェクト
背景
多くの国々は2000年代以降、法人税率を引き下げる一方で課税ベースを拡大する改革を実施してきた。日本でも、2011年度は大企業(資本金1億円超)について39.54%、中小企業(資本金1億円以下)について40.87%だった法定実効税率が、2018年度にはそれぞれ29.74%と33.59%まで低下した。しかしながら、こうした法人税改革が当初の成果を達したのかに疑義が呈されている。例えば図表1は、東日本大震災の影響が落ち着き、法定実効税率の引き下げが再び始まる直前の2014年度以降の企業の状況を図示したものである。新型コロナウイルス感染症が拡大するまでは、現金・預金と設備投資の動きはほぼパラレルだったが、付加価値の増加はそれよりも小さく、労働費用の増加はさらに小さいことがわかる。また、コロナ禍が深刻化した2019年度以降は、現金・預金が急増するものの、それらの増加は緩やかものにとどまっている。
そこで本稿では、東日本大震災や新型コロナウイルス感染症の影響が少なく、法定実効税率が引き下げられた2014年度から2018年度に着目して、企業レベルのマイクロデータを用いてその効果を検証した。この時期の日本の法人税改革は政策的・学術的に興味深いケーススタディとなっている。諸外国では、所得を課税ベースとした法人税率を引き下げる一方で課税ベースを拡大してきたが、日本では外形標準課税の形で課税ベースが拡大してきた。日本の外形標準課税は、付加価値課税・賃金課税の側面を有しており、その影響を検証することは今後の法人税改革に重要な示唆を与える。また、外形標準課税を拡大したため、一般的に利用される法人所得に関する法定実効税率は、企業の税負担を捉えるうえで不十分な指標となる。そこで本稿では、外形標準課税を組み込んだフォワードルッキング実効税率を定式化したうえで、2010年代中盤の日本の法人税改革が企業ダイナミクスに与えた影響を分析する。

どういった企業の税率が変わったのか
税制改革が企業行動に与えた影響を分析する前に、どういった企業の税率が変わったのかを整理する。フォワードルッキング実効税率には、企業利益全体をベースに測定した平均実効税率と、投資の税引後現在価値がゼロになるように求める限界実効税率があるが、図表2は横軸に2014年度の平均実効税率、縦軸に2018年度の平均実効税率をプロットしたものである。この図を見てわかるように、元々税負担の高かった企業ほど実効税率が低下しており、改革によって税負担水準が平準化したといえる。それ以外にも、大企業や生産性の高い企業などの税率低下幅が大きい一方で、労働分配率の高い企業や利益水準が低く負債の大きい「ゾンビ企業」などで税率が上昇している傾向が確認できた。

法人税改革の効果分析と政策的インプリケーション
2014年度から2018年度にかけての有形固定資産・従業員数・労働費用の対数値の差分を被説明変数、平均税率の差分を説明変数とした推定結果が図表3である。平均実効税率の変化(ΔEATR)の係数はすべてマイナスで統計的に有意に推定されており、法人税改革による税率引き下げは、有形固定資産や労働投入などを増加させたといえる。しかしながら中小企業(SME)と大企業(Large)を比較すると、中小企業のほうが係数が絶対値で大きい。つまり、大企業のほうが税率引き下げの効果が小さかったといえる。加えて大企業は、法人税率が引き下げられると同時に、外形標準課税が拡大されている。その影響を分離した推定(3・6・9列目)をみると、付加価値税の平均実効税率の係数のほうが所得課税の平均実効税率の係数よりも絶対値で大きい。つまり、法人税改革自体は一定の効果を有していたものの、大企業に対してはその効果は小さく、外形標準課税の拡大がその効果を一定程度相殺したといえる。

政策的インプリケーション
以上の結果から、以下の政策的インプリケーションを導ける。
第一に、2010年代半ば以降の法人税改革は、実効税率を引き下げ、投資や雇用を増やす効果を有しており、全体としては当初の政策目標の達成に寄与するものだったといえる。しかしながら第二に、大企業に対する効果が中小企業よりも小さく、その理由のひとつは同時に行われた外形標準課税の拡大にあったと考えられる。2010年代以降の法人税改革は、法定実効税率を引き下げながら外形標準課税を拡大しており、いわばアクセルとブレーキを同時に踏むような政策になっていたことが、税制改革の効果を弱めてしまったと考えられる。第三に、外形標準課税の拡大は、労働費用に対しても負の影響を有している。近年の日本経済の課題が賃上げにあることを踏まえると、法人税改革がその足かせになっていたと考えられる。