執筆者 | 五十嵐 彰(大阪大学)/森田 果(東北大学)/尾野 嘉邦(ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 持続可能な社会実現への挑戦:実験とデータを活用した社会科学のアプローチによる解決策の探求 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「持続可能な社会実現への挑戦:実験とデータを活用した社会科学のアプローチによる解決策の探求」プロジェクト
裁判における差別を扱った先行研究では、人種やエスニック・マジョリティ(人種・民族的多数派)の陪審員が、マイノリティ(人種・民族的少数派)の加害者に対して、より長い懲役を科す傾向があることが示されてきた。この傾向は、特に被害者が陪審員と同じ人種やエスニシティを持つ場合に顕著である。しかし、多くの研究がこうした差別的な判決の存在を指摘しているにもかかわらず、その原因に関する理論的整理や精緻な検証は十分になされていない。
本研究では、刑事事件で加害者がマイノリティであり、被害者がマジョリティである場合に差別的な判決が下される理由について、「同情的メカニズム」と「懲罰的メカニズム」に分類した。同情的メカニズムとは、社会的アイデンティティに基づき、自らと同じ集団に属する被害者に対して同情心を抱くことで、加害者に対してより厳しい判決を下そうとする傾向である。他方、懲罰的メカニズムとは、外集団によって自国の安全や秩序が脅かされていると感じた際に、マイノリティの加害者に対して強い処罰感情を抱く傾向である。
これらのメカニズムのどちらが陪審員の判断に影響しているのかを検証するため、加害者と被害者の国籍を無作為に操作した架空の刑事事件シナリオを4,000人の日本人回答者に提示し、自らを裁判員と想定したうえで、妥当と判断する懲役の長さを回答してもらった。実験データを分析した結果、当初の仮説とは異なり、加害者または被害者のエスニシティに基づく判決の長さに有意な差は確認されなかった。ただし、加害者が中国人で被害者が日本人である場合には、他の条件と比べて有意に長い懲役が提示される傾向が見られた。さらに追加分析を行った結果、「移民からの脅威を強く認識している」回答者は、被害者のエスニシティに関わらず、外国人加害者に対してより懲罰的な判断を下す傾向があることが明らかとなった(図1参照)。

以上の結果から、差別的判決には、脅威認識に基づく懲罰的メカニズムが主に作用しており、同情的メカニズムの影響は限定的であることが示唆される。現実の裁判においても、裁判員に選ばれた者が移民に対して強い脅威感を抱いている場合、外国人加害者に対して不当に長い懲役を求める可能性がある。
日本では外国からの移民が増える状況にある中で、外国人加害者に対するこうした不平等な判決を減らすためには、裁判員に対して「外国人に対する脅威感や治安に対する不安といった感情を判決に持ち込まないように」といった簡単な注意喚起を事前に行うことが、有効な方策となる可能性がある。ただし、その効果については現段階では検証が不十分であり、今後の課題として、脅威認識に基づく偏りをどのような介入によって軽減できるのかについて、実証的な研究が求められる。