ノンテクニカルサマリー

ジェンダー・バランスのための投票? 連記式投票制の選挙制度が女性代表に与える影響

執筆者 尾野 嘉邦(ファカルティフェロー)/三輪 洋文(学習院大学)/粕谷 祐子(慶応義塾大学)
研究プロジェクト 持続可能な社会実現への挑戦:実験とデータを活用した社会科学のアプローチによる解決策の探求
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「持続可能な社会実現への挑戦:実験とデータを活用した社会科学のアプローチによる解決策の探求」プロジェクト

かつて日本の衆議院議員選挙で用いられた中選挙区制では、一つの選挙区から複数の候補者が当選する仕組みであった。そうした複数人区において、各有権者が一人の候補者に投票する「単記式」が長らく用いられてきたが、戦後直後の1946年の総選挙において、各有権者が複数の候補者に投票できる「連記式」が一度だけ採用されたことがある。その時の選挙では、39人の女性議員が誕生し、衆議院の議席の8.4%を女性が占める結果となった。しかし、1947年以降、投票方法が単記式になるとともに女性議員の数は急減し、長らく2-3%台にとどまることとなった(図1参照)。これについて、1946年の総選挙で多数の女性が当選したのは、単記式ではなく連記式だったからではないかと指摘する研究者もいる(竹安2019;大山2020)。本研究は、それを実験により検証しようというものである。つまり、連記式は単記式と比べて女性候補者への投票を増加させるだろうか、というのが本研究の問いである。

図1 衆議院における女性議員比率の推移(1946-1993)
図1 衆議院における女性議員比率の推移(1946-1993)

選挙制度と女性議員の数との関係については、すでに多数の研究が存在する。比例代表制の方が女性議員の数が増えること(Krook 2018; Profeta & Woodhouse 2022)、なかでも拘束名簿式の方がその傾向が強いこと(Dhima et al. 2021; Golder et al. 2017)が既存研究によって示されている。それに対して、小選挙区制や中選挙区制を含む多数制の場合については研究が少なく、いくつかの観察データに基づくものにとどまっている。

本研究では、上院と下院など、有権者は複数の票を投じることが出来る場合、政策のバランスを意識して、両院間で異なる政党の候補者に投票する傾向があるという、いわゆる分割投票の理論(Alesina & Rosenthal 1995; Fiorina 1996; Kedar 2006; Lacy & Paolino 1998; Mebane 2000; Mebane & Sekhon 2002)を援用して、ジェンダーバランス仮説を立てている。つまり、連記式の下で有権者は候補者のジェンダーバランスを考慮し、異なる性別の候補者に票を分割する傾向がある、というものである。

それを検証するため、本研究では約5400人の日本人有権者を対象に、コンジョイント実験を行った。オンラインで実施したこの実験では、回答者に6人の候補者のプロフィールを提示し、その中から選挙で投票したい候補者を選んでもらった。プロフィールの内容は、性別・学歴・前職・出身地・年齢・議員経験の有無からなるもので、無作為に作成したものである。回答者は、1人だけに投票する単記式グループと3人まで投票する連記式グループに無作為に分けられている。

実験の結果、連記式のもとで回答者は1人目と2人目の間でジェンダーバランスを考慮した投票は見られなかったものの、2人目と3人目の間で選択する候補者の性別を変える傾向にあった。つまり、2人目で男性(女性)を選んだ回答者は3人目に女性(男性)を選ぶ確率が高い結果が得られた(図2)。他方で、連記式条件と単記式条件の結果を比較すると、連記式条件のもとでは、1人目に男性を選ぶ回答者が増加し、単記式条件よりも結果的に女性候補者が不利になる傾向が観察された(図3)。

図2 候補者の性別効果を1人目と2人目(上)、2人目と3人目(下)で比較した結果
図2 候補者の性別効果を1人目と2人目(上)、2人目と3人目(下)で比較した結果
図3 候補者の性別効果を単記式条件(上)と連記式条件(下)で比較した結果
図3 候補者の性別効果を単記式条件(上)と連記式条件(下)で比較した結果

以上のように、連記式のもとでは、有権者は複数票を投じる中で、(無意識のうちに)候補者の性別面でバランスを取り、投票先を多様化させようとする傾向がある程度見られた。しかしながら、複数票あると有権者は1人目に男性候補者を選ぶ傾向をより強めてしまい、1票しか投じることのできない単記式と比べると、全体的に女性候補者が不利になってしまう結果となっていた。つまり、連記式は単記式と比べてむしろ女性候補者への投票を全体的に減少させていた。このことからは、1946年の総選挙で女性が多数当選したのは、必ずしも連記式を採用したからであるとは言えない可能性があることが示唆される。戦後にパージされた男性政治家の配偶者が選挙に立候補し、議席を守ろうとした結果であるかもしれない。近年、より多様な民意を反映させることができるとして中選挙区連記制を推す声もあるが、少なくとも性別の側面に注目した場合、それが政治における男女格差を縮めるかどうかは疑問が残るところである。

参考文献
  • Alesina, Alberto, Howard Rosenthal, et al. 1995. Partisan Politics, Divided Government, and the Economy. Cambridge University Press.
  • Dhima, Kostanca, Sona N. Golder, Laura B. Stephenson, and Karine Van der Straeten. 2021. “Permissive Electoral Systems and Descriptive Representation.” Electoral Studies 73: 102381.
  • Fiorina, Morris P. 1996. Divided Government. Allyn & Bacon.
  • Golder, Sona N., Laura B. Stephenson, Karine Van der Straeten, André Blais, Damien Bol, Philipp Harfst, and Jean-François Laslier. 2017. “Votes for Women: Electoral Systems and Support for Female Candidates.” Politics & Gender 13(1): 107–131.
  • Kedar, Orit. 2006. “How Voters Work Around Institutions: Policy Balancing in Staggered Elections.” Electoral Studies 25(3): 509–527.
  • Krook, Mona Lena. 2018. “Electoral Systems and Women’s Representation.” The Oxford Handbook of Electoral Systems, 175.
  • Lacy, Dean, and Philip Paolino. 1998. “Downsian Voting and the Separation of Powers.” American Journal of Political Science 42(4): 1180–1199.
  • Mebane, Walter R. 2000. “Coordination, Moderation, and Institutional Balancing in American Presidential and House Elections.” American Political Science Review 94(1): 37–57.
  • Mebane, Walter R., and Jasjeet S. Sekhon. 2002. “Coordination and Policy Moderation at Midterm.” American Political Science Review 96(1): 141–157.
  • 大山礼子. 2020. 「女性議員を増やすには」. 日経グローバル 402: 22–24.
  • 竹安栄子. 2019. 「戦後鳥取県における女性議員の誕生:初の女性下院議員田中たつの事例」. 京都女子大学現代社会論集 13: 99–122.
  • Profeta, Paola, and Eleanor F. Woodhouse. 2022. “Electoral Rules, Women’s Representation and the Qualification of Politicians.” Comparative Political Studies 55(9): 1471–1500.