執筆者 | Willem THORBECKE(上席研究員) |
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研究プロジェクト | Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第六期:2024〜2028年度)
「Economic Shocks, the Japanese and World Economies, and Possible Policy Responses」プロジェクト
石油は日本の最大のエネルギー源であり、2022年における国内総エネルギー供給量の39%を占めていた。ドバイ原油スポット価格は対数的に上昇し、2020年4月から2024年6月までの上昇幅は120%となった(図1を参照)。この石油コストの高騰は日本企業にどのような影響を与えたか。
Fernald and Trehan(2005)は、国内生産される石油の場合と異なり、輸入石油価格が上昇すると国内利用者からの収入が海外産油国にシフトすると指摘している。このため、輸入石油価格の上昇は国内利用者に対する税金のように作用すると主張している。同様に、Golub(1983)は、石油価格の上昇によって富が日本のような石油輸入国から石油輸出国へと移転すると述べている。
日本の政府は、エネルギー価格高騰による国内市場関係者への負担の軽減を試みてきた。2022年以来、最終利用者へのガソリン・燃料価格を引き下げられるよう、燃料油元売りに対して補助金を支給している。また、電気・ガス料金の値引きのための補助金も支給してきた。2023年8月までに、政府は燃料補助金に6.3兆円をつぎ込んだ(岸田、2023)が、岸田総理は、こうした補助金は化石燃料の消費を助長し、脱炭素への取り組みに逆行するとも述べている。日本の多額の公的債務を考えた場合、財政負担も大きい。
一律的な補助金は、石油価格上昇によって利益を得る産業があるという事実を考慮していない。本稿では、石油価格上昇で得をする産業と損をする産業を検証する。石油価格の上昇が日本の業種別株式リターンにどのような影響を与えるかを調査することによりこれを行う。金融理論では、株価は将来キャッシュフローの期待現在価値と等しいとしている。したがって、石油価格の変動が株価に与える影響は、価格変動が所与の産業の企業にどのような影響を与えるかを浮かび上がらせるはずである。
実証結果では、グローバルレベルでの総需要ショックによる石油価格の上昇は、機械、電子部品、家電製品など世界市場で競争する日本の産業に恩恵をもたらすことが示された。総需要の増加は、これらの産業が生産する財の需要を高める。総需要主導の石油価格上昇は、鉄道、ホテル、レストラン、宅配サービスなど、国内市場向けの産業に悪影響を与える。石油供給要因が主導する石油価格上昇は、複数の日本の製造業企業に恩恵をもたらす。これは、日本企業は石油価格上昇時に需要を媒介する重要な製品を供給しているというFukunaga et al.(2010)の調査結果を反映している可能性がある。石油供給ショックが主導する石油価格上昇は、建設やタイヤなど、石油・エネルギーへの依存度の高い産業に悪影響を与える。
これらの調査結果より、日本には石油価格の上昇の恩恵を受ける産業や企業が多くあることが分かる。そこから導き出される政策的含意の一つとして、日本の政府が石油価格高騰の負担を軽減することを望むのであれば、全産業共通の補助金を避けるべきだと言える。脱炭素を促進するとともに財政余力を残すために、補助金の対象を石油価格高騰の悪影響を受ける産業と個人に限定すべきである。
- 参考文献
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- Fernald, J., and B. Trehan. 2005. Why Hasn't the Jump in Oil Prices Led to a Recession? FRBSF Economic Letter 2005-31, November 18.
- Fukunaga, I., N. Hirakata, and N. Sudo. 2010. The Effects of Oil Price Changes on the Industry-Level Production and Prices in the U.S. and Japan. NBER Working Paper 15791. Cambridge, MA: National Bureau of Economic Research.
- Golub, S. 1983. Oil Prices and Exchange Rates. The Economic Journal 93, 576–93.
- Kishida, F. 2023. Press Conference by the Prime Minister on the Measures to Address Fuel Oil Prices and Other Matters. Prime Minister’s Office of Japan. 22 August.