ノンテクニカルサマリー

創業者CEOの抵抗感と昇進志向:日本の新興市場における生き残りの実証分析

執筆者 本庄 裕司(ファカルティフェロー)/池田 雄哉(科学技術・学術政策研究所)/栗原 仰基(中央大学)
研究プロジェクト ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第六期:2024〜2028年度)
「ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ」プロジェクト

創業者はスタートアップ振興の特別な存在であり、起業の循環を通じた経済成長をめざす「起業エコシステム」(entrepreneurial ecosystem) (あるいは「スタートアップ・エコシステム」(start-up ecosystem) )にとって重要なアクターに違いない。創業者、正確には、創業後も経営を続ける創業者CEO (chief executive officer) は、自ら苦労して設立した企業に対し、心理的コミットメントと組織との同一性が高く、創業から得られる心理的な側面も含めた便益が大きい (Abebe and Tangpong, 2018; Nelson, 2003)。創業者CEOは、独善的な意思決定を比較的に選択可能であり、このことは創業後の黎明期に功を奏しやすい。また、創業者CEOは、困難な状況での回復力を指す、起業レジリエンス (entrepreneurial resilience) を発揮しやすい (Honjo and Kato, 2022)。しかし、こうした創業者CEOの特性が冷静な判断を鈍化させ自ら引き際を遅らせることもある。効果的な起業エコシステムを実現する視点から、創業者CEOに注目した研究が求められている。

本稿では、創業者CEOが企業パフォーマンスに与える影響を検証する。ただし、創業(設立)から継続して経営者のデータを入手することは容易でない(注1)。そこで、有価証券報告書の入手できる、東京証券取引所(以下、「東証」)や他の日本の証券取引所の新興企業向け株式市場(以下、「新興市場」)に新規株式公開 (initial public offering; IPO) した企業を対象に、創業者CEOと企業パフォーマンスとの関係を検証する。ここでは、IPO後の株式市場での生き残りに注目し、IPOから上場廃止までの時間(月数)を分析する(注2)。こうしたIPO後の生き残りに加え、高みを目指す企業を特定するために、IPO後の本則市場への昇進にも注目する。分析対象は、2021年12月までに日本の新興市場にIPOをはたした企業1,393社とする(注3)。そのうち約57%が創業者CEOであり、その比率は他国の検証結果より高く、多くの企業でIPO後も創業者が経営を継続している。

図1は、Nelson-Aalen推定量を用いて、IPO後の (A) 上場廃止、(B) うち倒産や上場基準への抵触による非自発的な上場廃止、(C) 他社(者)によるM&A (mergers and acquisitions) やバイアウトによる自発的な上場廃止、(D) 新興市場から本則市場への昇進、それぞれの企業の比率(累積ハザード)を示す。図1では、創業者CEOと非創業者CEOの違いを示している。図1 (A)で示すとおり、創業者CEOの企業は、IPO後に生き残りやすく、新興市場で上場廃止しにくい。こうした点は、自発的な上場廃止で顕著になりやすい。このことは、逆に、創業者CEOが他社による買収を嫌う起業レジスタンス (entrepreneurial resistance) をあらわしている。また、創業者CEOの企業は、新興市場から本則市場に昇進しやすく、このことは創業者CEOの昇進志向を示唆している。

図1 上場廃止、非自発的な上場廃止、自発的な上場廃止、本則市場への昇進:創業者CEOと非創業者CEOとの違い
図1 上場廃止、非自発的な上場廃止、自発的な上場廃止、本則市場への昇進:創業者CEOと非創業者CEOとの違い
注:1,393社。創業者CEOおよび非創業者CEOの企業数はそれぞれ799社と594社。2022年1月までに上場廃止した企業は296社。うち非自発的な上場廃止 (involuntary delisting) は82社、自発的な上場廃止は214社。本則市場への昇進は492社。

本稿の推定結果から、創業者CEOの企業は新興市場で生き残りやすく、本則市場へ昇進しやすいことがわかった。創業者CEOは、買収への抵抗感が強いとはいえ本則市場への昇進といった高みを目指すIPOに寄与するアクターといえる。他方、日本では、過半数以上の企業で創業者がIPO後も経営を継続している。このことは、逆に後継者の発掘が難しいことを示唆している。事業を継続的に生み出すシリアルアントレプレナー (serial entrepreneur) を前提とすれば、スタートアップ振興には、創業・経営の時系列的な分業が不可欠だ。日本で持続的な起業エコシステムを推進していくために、創業に加えて、その後の経営を担う人材育成の視点も重要だろう。

脚注
  1. ^ Honjo and Kato (2022) は、信用調査会社のデータを用い、会社設立以降の創業者CEOの姓名を追跡して創業者CEOを特定し、その効果を明らかにしている。
  2. ^ 本則市場の昇進以前に上場廃止する企業が存在することから、競合リスク (competing risk) を考慮した推定も試みている。
  3. ^ 2022年4月、東証は、それまでの1部、2部、マザーズ、ジャスダックなどをプライム、スタンダード、グロースに再編している。したがって、本稿の分析対象は、東証のマザーズ、ジャスダックおよびそれ以外の新興市場のIPO企業となる。
参考文献
  • Abebe, M. A., & Tangpong, C. (2018). Founder-CEOs and corporate turnaround among declining firms. Corporate Governance, 26, 45–57.
  • Honjo, Y., & Kato, M. (2022). Are founder-CEOs resilient to crises? The impact of founder-CEO succession on new firm survival. International Small Business Journal, 40, 205–235.
  • Nelson, T. (2003). The persistence of founder influence: Management, ownership, and performance effects at initial public offering. Strategic Management Journal, 24, 707–724.