人口が減少し距離障壁が崩壊する下での日本の都市の未来

地域経済プログラム（第五期：2020〜2023年度）
「経済集積理論に基づく地域経済の定量分析手法の開発」プロジェクト

日本は今、世界の中でも特に人口減少が進む国だ。2020年時点で1億2,700万人であった日本の人口は、100年後には3,000万人から5,000万人程度まで減少すると予測されている。3,000万人は江戸期の人口規模で、現在の東京都市圏より小さく、5,000万人はおよそ東京と大阪都市圏を合わせた規模だ。いずれにしても、今までに経験したことのない急速かつ大幅な人口減少が進んでいる。多くの地方都市が消え、東京を始めとする大都市でも人口減少が状態化するだろう。それでも、現在、日本の人口の8割は総面積の6%を占めるに過ぎない地域、つまり都市に集まって居住しており、今後も都市化の傾向が続くと見込まれる。

本論では、人口の地理的分布を1kmメッシュレベルで、50年、100年先といった長期予測を可能にする統計モデルを構築し、日本の場合について具体的な予測を行っている。我々の統計予測モデルは、経済集積の一般均衡理論モデルの誘導系として、1kmメッシュ単位の成長要因、人口集積としての都市単位で共通する成長要因、さらに、国レベルで経験的に成立する都市集積の秩序との整合性を考慮して設計されている。具体的には、まず、都市を、人口密度が1,000人/km2以上かつ総人口が1万人以上の地理的に連続した1kmメッシュの集合として定義する。この都市という集計レベルに焦点を当て、国レベルでは、都市間の人口分布がべき乗則に従い、同時に、個々の都市・1kmメッシュ固有の成長要因過程を表現している。特に、都市間の人口分布をべき乗則で制約しつつ、都市固有の時系列モデルを含むことで、都市固有の条件の変化や均衡の分岐などにより、都市の大小関係が逆転するなど、一時的にべき乗則から逸脱する可能性を考慮している。最終的な予測モデルは、過去50年のデータ学習に基づいて、これらの統計モデルをアンサンブルすることにより構築している。

将来の都市盛衰の予測を左右する与件の変化としては、(1) 人口減少、(2) 都市化傾向、(3) 輸送・通信費用の変化を考慮している。(1) について、全国人口の変化は、社会保障・人口問題研究所（社人研）の日本の将来人口推計に基づく。高齢化の地域差などに起因する人口減少の地域差については、過去データから、都市・1kmメッシュ固有の成長過程を学習することにより間接的に予測に反映している。(3) の輸送・通信費用は、都市集積の規模や数に直接影響を与える、長期予測を行うに当たって重要な要因だ。過去50年で新幹線・高速交通網が整備され、インターネットが普及したことで、輸送・通信費用は大幅に減少した。今後も物流の自動化や仮想現実に関わる技術革新などにより、輸送・通信費用はさらに減少することが見込まれる。経済集積理論は、輸送・通信費が減少すると、国レベルでは人口の大都市への集中が起こり、都市レベルでは人口分布が平坦化する形で分散が起こることを示唆している。過去50年の日本の都市群は、まさに理論通りの変化を経験した。本論の基本シナリオでは、過去50年に日本の都市群が経験した「国レベルでの集中」と「都市レベルでの分散」を学習し、今後も同じペースでこれらの変化が起こることを仮定している。

図1は、社人研による将来人口の中位推計に基づいて予測した、都市間の人口分布と都市内の地理的人口分布の変化を示している。図1Aは、全国の都市人口分布をプロットしたものだ。概ね同様のべき乗則を維持しつつ、都市数が減り、存続する各都市の人口も減少することが予測されている。例えば、2020年から2120年の間に、都市数は431から269に減る。特に小都市から消滅し、人口は大都市に吸収されるが、大都市でも淘汰される都市がある。図1Aからは分かり難いが、上位の都市では、東京と福岡のみが人口シェアを増加させ、大阪や名古屋などは減少している。経済集積理論によれば、人口減少により大都市間で人口の奪い合いが生じ、同時に、輸送・通信費用の減少に伴って、東京に近接する都市ほど東京との競争に晒され衰退する。結果として、より少数の、より地理的に離れた大都市への集中が起こることが予想される。この予想に整合し、輸送アクセスが向上して東京に実質的に近づきすぎた大阪・名古屋に対し、東京から十分に離れた福岡が相対的に成長する形で、「国レベルでの集中」が予想される。

図1Bは、都市内の平均人口密度、最高人口密度、および、都市面積の平均値の変化を示している（グラフ周辺の帯は平均値周辺の値のうち90%を含む範囲を示す）。将来も存続する都市では、最高人口密度・平均人口密度がともに減少し面積が増加しており、理論通り都市は平坦化し「都市レベルでの分散」が起こっている。

図2は、人口10万人以上の都市の位置を黒点で表し、それらに関する立地空間のボロノイ分割を合わせて示している（注1）。人口10万人とは、令和5年7月に閣議決定された第3次国土形成計画において、医療・福祉・教育・交通・商業施設など、日常的な暮らしを維持するために必要な最小限の機能が揃った「生活圏」の、最小人口規模の目安とされる規模だ。人口10万人以上の都市は、2020年時点で83都市あり、およそ都道府県ごとに2都市程度あるが、本論の予測によれば、2070年には62都市、2120年には約半数の40都市まで減ると予測されている。現在、675市町村が、いわゆるコンパクトシティ化に積極的に取り組んでいるが、コンパクト化するべき都市機能を維持し得る自治体は、おそらく遥かに少ない。本論の予測は、地方創生やコンパクトシティ政策といった地域振興政策の立案に際して、実現可能性の観点から有用な示唆を与えると考えられる。

図3は、東京内部の1970年から2120年までの人口分布の変化を示している。1970年から2020年にかけて、全国の人口が22%増加するうちに、東京の人口は2,050万人から3,420万人へと大幅に67%増加した。しかし、それにも関わらず、東京の最大人口密度は40,680人/km2から32,706人/km2へと20%減少し、東京内部の人口分布は平坦化した。この原因は、上述の輸送・通信費用の減少であると考えられる。次の100年では、東京の人口減少に加えて、東京内部の人口分布の平坦化も進み、東京の人口は2,760万人へ、最高人口密度は16,100人/km2へと、ともに2020年に比べて半減する見込みだ。都市内の人口分布の平坦化は、東京に限らずほぼすべての都市で起こる。それに伴い、全国の住宅地価は2020年から2120年にかけて平均で24%下落するのに対して、2020年時の都市域では35%、3大都市で38%、東京で48%と、大都市ほど大幅に下落することが予測されている。

都市内の人口分布の平坦化は、今後も継続する人口の低密度化に合わせて、都心での住宅の低層化を促す政策の必要を示唆している。特に、住宅は耐久財であるために、余れば賃料や地価が下落する。従って、高所得層が転出しても、低所得層が転入することで都市の人口が維持され、人口は予測通りには減らない可能性がある。その結果として、今後衰退傾向にある大都市では、人口規模を維持したまま、人口の低所得化と治安の悪化の悪循環を生む可能性がある。これはアメリカのデトロイトなど、旧工業地帯の大都市で実際に起こった現象で、社会問題に発展している。この問題を未然に防ぐためには、縮小する大都市に、適切なコンパクト化・低層化を促す政策が必要だ。一方で、住宅地価の下落は世帯の居住面積の制約を緩め、出生率を向上させる好ましい効果も期待できる。

図4は、新幹線網から外れた地方県の典型的な将来像として、高知県の都市の配置の変化を示している。同県には、1970年時点で7都市が存在し、太平洋沿岸部を中心に広く分布していた。2020年になると、四万十を除き、都市は中心部に集中した。2120年には、人口10万人程度まで縮小した高知のみが都市集積として残ると予測されている。本州の日本海側や東日本でも同様に、多くの都市が消滅すると予測されている。これらの予測結果は、現在各地で進められる人口維持や人口増加を目的とした地方創生政策が、実現可能性の面から必ずしも適切でないことを示唆している。例えば、都市を維持することより、農業や林業など、地域が持つ比較優位を活かした一次産業への転換がより適切かも知れない。

図5は、地方7区分の人口シェアの変化を示している。特に、東北と北海道が急速に衰退し、人口分布の重心は西日本に移ることが予測されている。この2地域の急速な衰退の理由は主として高齢化だ。一方で、西日本では中国地方が示す衰退傾向は、人口減少と輸送・通信費用の減少に起因する競争の激化による都市の淘汰が原因と考えられる。本論では、今後の地域経済は、東京と福岡を中心として構成され、特に4大都市（東京・大阪・名古屋・福岡）を除くほとんどの大都市は、急速に縮小すると予測している。図5で、4大都市を含む地域が、成長しないまでも、極端に衰退傾向を見せないのは、そのような理由による。

以上のように、今後、日本が都市経済としては急速に縮小していく中で、本論は、まずその縮小の形態と程度について、経済集積理論に依拠して具体的に予測する分析枠組を構築し、基本的な予測を行っている。

なお、本DPの内容を深く掘り下げて、一般読者向けにコラム形式で公開している：
https://www.mori.kier.kyoto-u.ac.jp/mori-column/category/forecast/