ノンテクニカルサマリー

企業の基礎研究による経済成長:サイエンス・リンケージ・アプローチ

執筆者 及川 浩希(早稲田大学)/大録 誠広(株式会社リクルート)/楡井 誠(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト イノベーション、知識創造とマクロ経済
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「イノベーション、知識創造とマクロ経済」プロジェクト

基礎研究支出の対GDP比は日米で増加傾向にある。また、基礎研究支出のうち企業が占める割合も増加傾向にあり、近年のデータでは日本で40%以上、米国でも30%以上を占めており、企業の研究活動の中でも基礎研究の重要性が増していることがうかがえる。

企業の研究開発支出のうち、どの程度が基礎研究に割かれているかを網羅的に知るのは難しいが、特許文書に登場する科学論文の引用頻度を見ることで、個々の企業の基礎研究活動の程度を推測することができる(サイエンス・リンケージ)。米国のデータで、企業の売上や利益率を、操作変数法を用いてサイエンス・リンケージ指標に回帰させたところ、基礎研究は利益率を高めていることがわかった。その一方で、売上で測った企業規模との関係は単調ではなく、比較的小規模の企業による基礎研究が無視できないシェアを占めていることが示唆された。つまり、基礎研究は企業のパフォーマンスを上げるが、必ずしも大企業ばかりが基礎研究を行っているわけではない。

これらの事実に沿った理論モデルを、次のような想定で構築しよう。企業は複数の財を生産しており、各財に基礎・応用二つの研究ステージがある。財の生産性は、応用ステージにあるときは伸びやすいが、基礎ステージでは頭打ちで、新しい発見がなければステージ移行ができないとする。基礎研究活動は新発見の確率を上げるが、必ずしも自力で行う必要はなく、他の企業や研究機関が出した成果を活用できる可能性もある(知識のスピルオーバー)。

以上の想定の下では、企業の生産性成長は自社の財のうちどの程度が応用ステージにあるかに従う。基礎研究投資の意思決定は、企業内で基礎ステージにある財のシェアの高さと、企業レベルの生産性水準の高さのバランスによることになる。つまり、小企業であっても、基礎ステージ財の比率が高ければ、大企業よりもむしろ積極的に基礎研究を行うということだ。また、マクロ経済の生産性成長は、上記の企業動態の集計として記述でき、結果として経済全体での基礎ステージ財のシェアと逆相関する。このモデルをシミュレートすることで、環境の変化や政策の変化に応じて、企業の基礎研究投資と経済成長がどのように変化するか、定量的に分析することができる。ここでは、分析結果を以下の3点にまとめよう。

第一に、基礎研究におけるスピルオーバーの効果は大きく、それが全くないと仮定した場合に比べて、ベンチマークでは企業の基礎研究が減るにも関わらず、経済成長率は大きく上昇する。これは、基礎研究では成果を社会的に共有する便益が大きいことを示唆する。

第二に、全体的に基礎研究の必要性が高まっても、企業の基礎研究はそれを打ち消すほどには増えない。その結果、経済成長率は低下する。近年、研究開発効率性の低下が生産性成長の重荷になっていると指摘されているが、その背景として、基礎研究の必要性が増しているというシナリオが整合的であること、またその場合には基礎研究の積極的な促進が望まれることを示唆する。

第三は政策比較である。公的な基礎研究投資と、企業基礎研究への補助金とでは、後者の方が成長政策として有効性が高い。独立に行われる公的基礎研究は、成果のスピルオーバーに期待する企業のフリー・ライドを誘発し、基礎研究インセンティブを減退させてしまう。一方、補助金政策は逆にインセンティブを高めるため、比較的低い政府支出でマクロ的な生産性成長を高めることができる。(左の図では横軸に公共基礎研究投資、右の図では補助金率を取っている。青線はベンチマークと比較した相対的な経済成長率、赤線は政府支出を表す。)

ただし、ここではどんな基礎研究も経済成長につながる可能性は等しいとみなしていることに留意すべきだろう。実際には応用・開発に繋がりやすい基礎研究とそうでないものがある。企業が主に取り組むのは前者であるから、そうしたプロジェクトには補助金政策をとり、公的な研究機関では、よりファンダメンタルな基礎研究に焦点を当てるべき、ということが上の結果の妥当な解釈と思われる。

図 補助金政策比較(左:公的基礎研究、右:基礎研究補助金)
図 補助金政策比較(左:公的基礎研究、右:基礎研究補助金)