ノンテクニカルサマリー

行動変容と向社会的意思決定

執筆者 西村 和雄(ファカルティフェロー)/八木 匡(同志社大学)/井上 寛規(久留米大学)
研究プロジェクト 日本経済社会の活力回復と生産性向上のための基礎的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本経済社会の活力回復と生産性向上のための基礎的研究」プロジェクト

「行動変容」は、もともと用いられた医療の分野では、医療者が働きかけることによって生じる患者の行動変化の意味で用いられ、行動変容に関する研究は、主に、薬物や喫煙の抑制、肥満の解消、成人病予防などに関して進められてきた。行動変容を「何らかの切っ掛けによって促される人々の自発的な行動変化」として定義すると、行動変容は幅広い分野で応用可能な概念になる。また、健康上の理由から禁煙をしたいとしても、それを達成できる人と、できない人がいるように、行動変容が可能かどうかには個人差がある。最近では、行動変容という言葉は、コロナ禍において、マスク着用や外出自粛といった感染回避を啓蒙するために用いられていたが、感染回避行動の程度は個人間で異なり、積極的に感染回避行動を取る人もいれば、全く感染回避行動を取らない人もいた。

コロナ禍において、行動変容に関する研究は大きく進んだが、どのような介入によってどのような効果が確認できるのかの分析が中心であった。これに対し、我々は、アンケートの質問と回答から、どのような行動特性をもつ個人がどのような行動変容するのかを分析する。

我々の調査では、回答者が様々な状況下でどのような行動を選択するかについて聞いている。そこでの回答を基に行動変容を特徴づける3つの要素、「忍耐力」、「可塑性」、「受容性」を主成分分析によって抽出した。可塑性は、どちらかというと、自主的に変化する度合い、受容性は外部からの情報により変化する度合いを表す。すると、忍耐力の高い人は既存の制度や権威を重要視するが、受容性の高い人は既存の制度にとらわれず、我が道を行く傾向をもつ傾向がみられた。行動変容要素という概念を導入することにより、個人間での行動変容の違いを説明することが可能となると考えて良い。

その結果、ここでは、一部の質問に対する回答のみを紹介すると、就職した職場が期待に反していたらどうするかという質問には、忍耐力の要素が高い人は、気持ちを切りかえたり、周囲に聞きながら仕事を覚えたりするが、受容性の要素が高い人はこのような積極的に対応する行動を取る傾向を確認できていない。図1は棒グラフが正であれば行動変容要素の影響が正の方向で大きいことを意味する。

図1. 気持ちを切り替えて仕事をする、積極的に周囲に聞きながら仕事を覚える
図1. 気持ちを切り替えて仕事をする、積極的に周囲に聞きながら仕事を覚える

また、感染回避行動についての質問では、旅行をしないという人は忍耐力の高い人に多く、構わずに旅行をするのは受容性の高い人に多かった。

図2. 感染回避行動
図2. 感染回避行動

このように、行動変容要素の強弱は個人の行動の違いと対応している。受容性の高いグループは忍耐力の高いグループと異なる行動をするという結果は、政策的にも重要な意味を持つ。一般的に、エビデンスを伴った科学的根拠を丁寧に提示することが施策の効果を高めるために重要であるが、自ら情報を積極的に収集し、主体的に判断を行うと理解される受容性の高い人々に対して、特に有効性が高いと考えられる。