ノンテクニカルサマリー

起業と転職の意識に関する実態調査

執筆者 吉田 悠記子(NTTドコモ)/本庄 裕司(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ」プロジェクト

河合小市(1951年5月、河合楽器製作所を設立)、竹鶴政孝(1934年7月、大日本果汁(現、ニッカウヰスキー)を設立)、井植歳男(1950年4月、三洋電機を設立)、かつての日本では既存企業で技術を磨いた社員や従業員が、新たに起業の道を選択し、その後企業を成長させた。こうしたスピンアウト創業者 (spin-out founder) が起業と競争を通じて産業の発展に大きく寄与した。今日の日本では、既存組織からの優秀な人材のスピンアウトを通じた起業が潜在的に存在するだろうか。

本稿では、有職者を対象に実施したアンケート調査「起業と転職に関する調査」を用い、経験や能力を含む個人属性や思考特性が起業や転職の意識にどのように影響するかを明らかにする。とくに、既存組織での開発経験を有した人ほど起業や転職の意識が高いかに注目する。本稿で使用するデータは、著者らが独自に作成した調査票にもとづき、2022年12月9日から12月16日までのインターネット調査から得ている。調査対象は、全国18歳以上69歳以下の有職者(パート・アルバイトは除く)を対象に、性別、年代、都道府県での人口構成比に合わせて割付回収した。配信数は113,647人であり、回答数18,368人(回収率16.2%)のうち回答不備や本調査の対象者に合致しなかった回答などを除き、最終的なサンプルサイズは10,000となった。

本稿では、起業の関心にもとづいて被験者を「起業家」「起業準備者」「起業関心者」「起業無関心者」に分類した。10,000人のうち、起業家が655人(7%)、起業準備者が183人(2%)、起業関心者が824人(8%)、起業無関心者が8,338人(83%)となった。ただし、起業家は、現時点で自らの事業に取り組んでいるため、それ以外と起業の関心に違いがあると考えて、以下では、起業家以外の9,345人を対象としている。残り3つの区分にもとづいて、事業のコアの開発経験や表彰経験でとらえた人的資本の高さと起業の関心との関係を明らかにする。

図1に、事業のコアの開発経験にしたがって、起業準備者、起業関心者、起業無関心者の割合を示す。ここでは、これまでの勤務先で事業のコアとなる技術、製品、システム、サービスの開発経験をたずねている。また、図2に、勤務先以外での表彰経験にしたがって、起業準備者、起業関心者、起業無関心者の割合を示す。ここでは、公的機関、研究機関、業界団体などの勤務先以外での技術・製品・システム開発、サービス開発、売上(販売)、それ以外の表彰経験をたずねている。

図1 事業のコアの開発経験と起業の関心
図1 事業のコアの開発経験と起業の関心
注:観測数は、起業家655人を除く9,345。事業のコアとなる技術の開発経験:あり9,065、なし280、Pearson χ2=342 (p<0.01)、事業のコアとなる製品の開発経験:あり8,960、なし405、Pearson χ2=986 (p<0.01)。事業のコアとなるシステムの開発経験:なし8,976、あり369、Pearson χ2=468 (p<0.01)。事業のコアとなるサービスの開発経験:なし9,098、あり247、Pearson χ2=176 (p<0.01)。
図2 表彰経験と起業の関心
図2 表彰経験と起業の関心
注:観測数は、起業家655人を除く9,345。技術・製品・システム開発の表彰経験:なし8,993、あり352、Pearson χ2=467 (p<0.01)。サービス開発の表彰経験:なし8,954、あり391、Pearson χ2=1.5×103 (p<0.01)。売上(販売)の表彰経験:なし8,927、あり418、Pearson χ2=442 (p<0.01)。それ以外の表彰経験:なし8,800、あり545、χ2=16.6 (p<0.01)。

図1に示すとおり、事業のコアの開発経験を有する人ほど、起業を準備する、また、起業に関心の高い傾向がみられている。また、図2に示すとおり、表彰経験を有する人ほど、起業を準備する、また、起業に関心の高い傾向がみられている。こうした傾向から、高い人的資本を有する人ほど起業を選択しており、人的資本の高さと起業の関心との正の相関が示唆される。ただし、人的資本の高さを自己評価でとらえており、その人の思考特性に左右されることも考えられる。実際に、アンケート調査では、あいまいに対する耐性などの思考特性やビッグ・ファイブ性格特性(外向性、神経症、開放性、同調性、誠実性)の一部の項目で、個人の心理的属性にもとづく起業への関心の違いがみられており、こうした自己評価の測定による分析の限界は残る。しかしながら、全体的に高い能力を発揮した社員や従業員ほど起業に関心を示す傾向がみられており、将来的な日本経済の成長に向けて、産業の発展に寄与するスピンアウト創業者の登場に期待したい。