ノンテクニカルサマリー

情報通信業の集積とエージェントベースモデルによる自己組織化シミュレーション

執筆者 中村 良平(ファカルティフェロー)/長宗 武司(新見公立大学)/林 秀星(東北大学)
研究プロジェクト 地方創生の検証とコロナ禍後の地域経済、都市経済
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「地方創生の検証とコロナ禍後の地域経済、都市経済」プロジェクト

都市は家計や企業など様々な経済主体がおりなす集積地であり、それは複雑系社会の典型でもある。この都市という集積地は、実際に、個々の企業(や人々)の独立した行動の結果、ランダムな状態になろうとする力と秩序ある状態を創造しようとする力の関係で、後者の方が打ち勝ち秩序だった空間が形成されるという「自己組織化」現象として捉えられる。このメカニズムを捉える手法として、エージェントベースモデル(以下ABM)によるシミュレーションが挙げられる。ABMは、社会科学の分野で用いられている比較的新しいコンピュータ・シミュレーション手法であり、エージェントと呼ばれる成員それぞれに特定の行動特性をモデル化し、それらが相互作用することで得られる社会状態を検証するというものである。このような特徴から複雑系の動態や自己組織化をシミュレーションすることによってそれらを理解することに役立っている。ABMは「中央集権的な統制主体がなく、多くのエージェントの相互作用を通じて社会システムが漸近的安定均衡に到達するプロセスを厳密に解明することができ」、自己組織化メガニズムを内包する対象の分析に長けている。経済学の領域においてもABMを用いることで、従来の経済学では扱うことができなかった個々の経済主体の行動とデータに基づいた大規模なマクロ経済のシミュレーションが可能になると考えられている。

本稿では4つの中枢都市(札幌市、仙台市、広島市、福岡市)と東京都区部の「情報通信産業」の集積度合いに着目し、その空間分布を統計的に見える化をしている。そこでは、空間的な自己相関が極めて高いこと、集積地が隣接していることなどが、統計的数値とGIS上で確認された。

後半では、Krugman (1996) による集中・分散のモデルを用いて、シミュレーションの結果、実際の分布パターンが再現されることを検証している。
モデルは、 \[ P(x)=\int_{z} [A\exp(-r_{1}D_{xz}) - B\exp(-r_{2}D_{xz})] \lambda(z)dz \] となる。ただし、

A:立地点 とは関係のない集積力の大きさ、求心力(集積力)
B:立地点 とは関係のない分散力の大きさ(大きいと分散力が強い)、拡散力(遠心力)
\(r_{1}\):Aの効果が距離とともに減衰する程度
 大きいと距離に対する魅力度の評価が強いことで集中、反対に小さいと分散
\(r_{2}\):Bの効果が距離とともに減衰する程度
 大きいと距離に対する忌諱度の評価が強いことで分散、反対に小さいと集中

である。これら4つのパラメータが集中・分散を司る重要なパラメータとなっている。このパラメータの値によって事業所の集積・分散がどのように変わるのであろうか。ここでは、次の表に示した2つのケースについて比較を行った。対象は東京区部の町丁目単位である。

表 パラメータ値
A B A/B
集中ケース 1.5 1.0 1.5
分散ケース 1.0 1.5 0.67

シミュレーションの50ステップ後の姿は次の地図の色分けになる。凡例のHigh-High(ホットスポット)とは自地域・周辺地域共に集積しているところ、Low-Highとは自地域よりも周辺地域の集積が高い地域、といった解釈になる。なお、グレーの地区は周辺地区との集積関係が認められなかった地域である。

「集中ケース」や「分散ケース」は現実の都市の動態、社会情勢、政策のシミュレーションにも結び付けて考えることができる。集積力の大きさを意味するAは市場規模や労働市場の厚さ、外部経済の影響等を意味しており、分散力の大きさを意味するBは地理的集中による地代の上昇や通勤混雑等による外部不経済の影響を意味していると考えられている。

例えば、近年のコロナ禍ではテレワークが推進されることによって都心のオフィス需要が低下したという報告があるが、こういったケースは正に今回の「分散ケース」に対応すると考えられる。つまり、分散する力に対して集積しようとする力が相対的に小さいA/B=0.67の場合である。新型コロナウイルス問題は、分散力は生まれる一方社会的には外部不経済をもたらすものである。分散力を高めることは、右図を見てもわかるようにより郊外に集積地を作ることにはなるものの、通勤混雑の緩和など集積の外部不経済を低下させる効果がある。これをシミュレーションパターンとして、A/Bが1.5から0.67へと半減以下となると解釈することで、地図上の可視化で確認した通り、東京23区内の都心・副都心の外側地域にもホットスポットが出現しうるといった結果が得られた。

具体的に考察すると、都心部と副都心部に密な集積をしていた企業は近郊へと移転し、各地で新たな集積地を形成する傾向が高まる。「集積ケース」でも都心部の企業減少がみられたが、これはr_1がr_2よりも非常に大きいと仮定しているためである。情報通信業は他の業界と比較して知識共有の利得が大きいがこれは対面での交流によって得られる場面が多く、企業同士の立地が少しでも離れた途端に集積力のこのような正の影響が失わると考えられるため、このような仮定を置いている。その影響によって都心部の広範囲に及ぶ集積は各町丁目に分散力を大きく伝える結果になっている。そして、転出した企業は副都心の限られた町丁目や近郊の単一もしくはごく少数の町丁目へと集積を見せている。これは昨今の情報通信業の多様化に伴って同じ情報通信業に分類される企業同士が近くに立地してもお互いに知識共有から利を得られにくくなり、似通った業務を行っている企業だけが狭い範囲で集積を起こしている状況を表しているとも考えられる。しかし、この妥当性を示すには実際の産業事情のさらなる分析が必要となる。

参考文献
  • Krugman, P. (1996). The Self Organizing Economy. Wiley. 北村行伸・妹尾美起訳『自己組織化の経済学』1997年、東洋経済新報社.