ノンテクニカルサマリー

ものづくり補助金事業の効果分析:自己申告バイアスとリピーター企業への対応

執筆者 井上 俊克(一橋大学)/橋本 由紀(研究員(政策エコノミスト))/坂下 史幸(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)/角谷 和彦(研究員(政策エコノミスト))
研究プロジェクト 総合的EBPM研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「総合的EBPM研究」プロジェクト

「ものづくり補助金」は、サービス開発や試作品開発、生産プロセスの改善などを行う中小企業や小規模事業者の設備投資等を支援することを目的に平成24年度補正予算で創設され、以後毎年実施される事業である。平成27年度は26,629事業者が申請し、7,948件が採択された(採択率29.8%)。本研究ではデータの質と補助金事業への再申請(リピーター)の影響を考慮し、補助金採択の効果を検討する。

分析には2種類のデータを用いる。ひとつは、全国中小企業団体中央会より提供を受けた、平成27年度事業の申請事業者と審査結果に関する業務データ、ならびに採択事業者が採択後に報告する事業化状況報告書のデータ(以下、中央会データ)である。もうひとつは、東京商工リサーチの「企業情報データ」(以下、TSRデータ)である。自己申告情報に基づく中央会データには、桁数の記入ミスなど誤記入と思われる外れ値も少なくないことから、誤記入が疑われる事業者を除く5,571事業者を「データ利用可能事業者」として分析する。さらに外部データであるTSRデータを用いることで、不採択事業者のアウトカム情報を得るとともに、中央会データに懸念される自己申告バイアスの問題に対処する。

平成27年度事業では、 KPI(重要業績評価指標)や加点項目として、「年率3%の付加価値額の向上」、「5%の投資利益率の達成」、「賃上げへの取り組み」が設定された。中央会データとTSRデータより、付加価値額と一人あたり人件費については、採択事業者と不採択事業者ともに補助事業前の2013年から持続的な上昇トレンドが観察された。つまり採択事業者の付加価値額や人件費の増加は、補助金事業前からの景気回復や労働需給のひっ迫の影響を含む可能性がある。また投資収益率について、補助金事業の手引きが定義する指標は企業全体の収益をもとにしており、ものづくり補助金以外の事業によって高い投資利益率が達成される可能性もある。そこで補助事業からの収益指標を独自に定義し企業全体の収益指標と比較したところ、両指標の水準やトレンドには大きな乖離があった。これらの結果は、事業の目的に照らして適切なKPIを設定することの重要性を示している。

さらに本研究では、回帰不連続デザイン(RDD)の手法を用いたより厳密な補助金採択の効果分析も行った。補助金事業の採択事業者と非採択事業者の間で売上高と従業員一人あたり売上高を比較したところ、両指標の間に統計的な有意差を頑健には確認できなかった。ただし、平成27年度事業に不採択となった事業者は、次回以降のものづくり補助金への申請率が上昇することもわかった(図)。この結果は、不採択事業者の数年後の売上高には次回以降のものづくり補助金を受給した効果が含まれる可能性が高いことを意味する。そして補助金事業への採択が売上高や従業員一人当たり売上高を高める有意な効果がなかったというRDD分析結果に対しても、推定された処置効果にバイアスを含む可能性を含意する。

分析結果を踏まえた本研究の含意は以下の3点にまとめられる。第一に、ものづくり補助金事業に限らず他の事業分析に関しても、より精緻な政策評価分析を行うためには、金銭的・時間的なコストが大きくない、かつ測定誤差などが少ない質の高いデータが不可欠である。第二に、分析の頑健性を高めるために複数のデータを利用することは有効だが、事業者の報告値のヒューマンエラーを減らす試みや、法人番号などのユニークな固有IDによって省力的にデータセットを構築できる仕組みづくりも分析の前段階において非常に重要である。第三に、ものづくり補助金のように異なる年度であれば何度も応募できる事業の分析では、繰り返し応募する企業が存在することで生じる処置効果へのバイアスは深刻な問題と考えられる。この問題に対処できるような制度設計や推定手法が必要となるが、弱い仮定の下でも適用可能な手法の開発は研究途上である。

図:採択最低点近傍における将来の同補助金の再申請率と採択率
図:採択最低点近傍における将来の同補助金の再申請率と採択率
出典:中央会データ
注:図の縦軸は各申請事業者を採択最低点からの差でグループ化したものの平均値を表している。赤の直線は乖離が0となる点の左右それぞれの領域ごとに局所線形回帰によって推定した回帰直線である。採択最低点付近では平成27年度第1次公募申請事業者の将来の再申請や採択割合に大きな乖離があることがわかる。