執筆者 | 遠藤 勇哉(大阪大学)/尾野 嘉邦(ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して」プロジェクト
女性は社会のさまざまな分野で活躍し、成功を収めるようになりつつある。しかし、ビジネスの世界において、管理職といった、伝統的に男性が支配的であった役職に就く女性は、たとえ男性と同じ行動をとっていても、部下や同僚たちから、好ましくない評価を受ける傾向にあることが指摘されている。こうした女性たちは、時には軽蔑的な言葉を投げかけられたり、敵意、非難にさらされたりもする。そしてそれは、ビジネス組織内における女性の上昇志向・昇進意欲を減退させてしまう可能性がある。特に自ら進んで昇進をしたと捉えられる女性の方がそうした反発を招きやすいという研究もある。政界進出を目指す女性候補者たちの場合はどうであろうか?選挙に立候補する候補者というのは、多かれ少なかれ政治的野心を持っている。女性候補者たちがそうした権力を追求する野心を明確にすると、有権者たちはどう評価するだろうか。
それらを解明するために、本研究では、3,000人余りの日本人有権者を対象に、ある候補者が登場する架空の政治記事を読ませ、その候補者を評価させる実験を行った。その記事では、その候補者が語る選挙への立候補動機と候補者の性別を操作した。立候補動機としては、「学生のころから政治家を志望し、自分から進んで立候補した」として候補者自身が政治的野心を顕示したものと、「今まで政治家になろうとは思っていなかったが、周りから勧められて立候補した」として候補者自身が政治手的野心を隠したものの2条件が存在し、回答者の反応がそうした条件の違いによってどのように変化するかを検証した。回答者には候補者の性別と立候補動機を示した記事を読ませたうえで、その候補者に対する自身の好感度と有権者の間での人気度合いを、それぞれ4点,5点尺度で回答させた。さらに、記事で示された候補者に対する印象についても質問した。
まず印象に関する回答結果について示したものが、図1である。候補者の野心に対する印象は、2種類の記事間で大きく異なり、回答者たちは筆者たちが実験で示した記事で意図したとおりの方向(つまり、候補者が「学生のころから政治家を志望し、自分から進んで立候補した」という記事を目にした回答者は、「今まで政治家になろうとは思っていなかったが、周りから勧められて立候補した」という記事を読んだ場合よりも、記事中の候補者は野心的であると回答している)に印象が大きく変化していることを示している。ただ、それよりは変化の量が小さいものの、候補者の決断力、有能さ、信頼性といった他の特性についても、2つの記事間で印象に違いが生じていることが見て取れる。
上記を踏まえたうえで、次に、候補者の好感度や人気についての回答が、記事の種類及び候補者の性別によってどのように異なっているかを検証する。候補者の野心以外の印象を始め、回答者の年齢や性別などもコントロールしたうえで、2つの記事間の回答結果の違いについて推定した結果を、図2で示した。
図2の左図によれば、野心を隠す候補者と野心を顕示する候補者の好感度スコアに0.13の差があり、これは、回答者が後者の方を前者よりも好意的に見ていることを示唆している。同様に、右図によれば、2つの条件群の間で人気スコアに0.08の差があり、これは、回答者が同じく後者の方を前者よりも人気があると認識していることを示唆している。これらの結果は、候補者は選挙キャンペーン中に自分の政治的野心を隠すよりも、オープンに見せた方が選挙で有利になることを示している。しかし、政治的野心を顕示することの効果は、男性候補者と女性候補者で異なる可能性がある。それを検証した結果を図3に示す。
図3の結果によると、野心を顕示することが好感度に与える影響に、性別による差は見られなかった。つまり、回答者は、候補者の性別にかかわらず、野心を隠している候補者よりも、野心を顕示している候補者に好意を抱いたのである。しかし重要なことに、人気度に対する認識に関しては、候補者の性別によって異なる回答傾向が見られた。野心を顕示した女性候補は、同じような男性候補よりも一般有権者からの人気が低いであろうと認識されることを示している。 つまり、男性候補者の場合は、野心を顕示することで人気が高いと有権者に思わせることが出来るのに対して、女性候補の場合は、そうしたメリットを享受することが出来ていない。
少なからぬ有権者は、勝馬投票、つまり勝ちそうな候補者に投票する傾向があるとされる。実際に、さまざまな候補者の属性を同時に提示したコンジョイント実験では、世間的に人気があるとされる候補者の方が有権者の支持を集めることが判明している(Ono and Burden 2019)。このことは、女性候補者が選挙運動において謙虚さを欠いていると認識されることで、好感度を下げるわけではないものの、政治的野心を顕示しても、男性候補者ほど選挙で勝つ可能性が高いという思い込みを有権者に持たせ、勝馬投票を誘うことが出来ないという可能性を示唆している。そしてそのことが、女性候補者に政治的野心を露にさせることを妨げているかのかもしれない。