ノンテクニカルサマリー

国が唯一の買い手になるとき:中国における心臓ステントの国家ボリュームベース調達の効果

執筆者 SUN Jessica Ya(華中科技大学)/殷 婷(研究員(特任))/LIU Zhiyong(華中科技大学)
研究プロジェクト コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「コロナ禍における日中少子高齢化問題に関する経済分析」プロジェクト

背景

「看病难,看病贵」(日本語訳:受診が困難でかつ費用が高い)は、中国で顕著な社会問題のひとつである。高騰する医療費は、過去20年間、中国の公衆衛生政策の大きな関心事となっている。(Yip et al.)医療費が国内総生産(GDP)に占める割合は、2008年の4.7%から2022年には6.5%に上昇している(Statistical Bulletin on the Development of China's Health Care Programme, 2021)。これらの増加の一部は、医療技術の進歩に起因していると考えられる。例えば、心臓ステントや人工関節といった高価格消耗材が広く使われているようになった。2009年から2017年にかけて中国の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の件数は408,000件から753,000件に増加し、年成長率は25%で OECD平均の約4倍となった(OECD 2011)。このため、政府や政策立案者は、医療機器の市場価格を引き下げるために多大な努力を払っている。

また学術面において、多くの研究が支払制度改革による価格引き下げの効果の分析に焦点を当てているが、調達政策による価格変更の効果を評価する試みはほとんどない( Gruber, 1996; Yip, 1998; Dafny, 2005; Shigeoka and Fushimi, 2014; Clemens and 3 Gottlieb, 2014; Coey, 2015)。発展途上国の病院は、政府調達政策による高価格医療消耗材の引き下げにどのように対応しているか?政府がバイヤーパワーを発揮し、価格引き下げに独占的介入を行った場合、これらの政策は患者の福祉を向上させるかといった問題への取り組みは、現状ではほとんど行われていない。

本稿の趣旨及び分析結果

本稿では、中国における心臓ステントの国家ボリュームベース調達(VBP)に焦点を当て、その医療費削減効果を検証した。この全国VBPプログラムは2021年の107万本の購入量を保障する前提で2020年11月に入札が行われ、米国2社および中国6社を含む8社10品種の心臓ステントが落札された結果、ステント1本あたりの価格は平均で13,000元から700元まで引き下げられた(中国国務院、2020年)。2021年1月1日にすべての公立病院で新価格が施行されたため、回帰不連続デザイン(RDD)による 全国VBPの影響を確認する良い機会となった。

推定に入る前に、入院患者の入院日と医療消耗材の使用との関係を確認した。パネルAとBは、カットオフ前後のステント使用率及び一回手術で使用したステントの平均数の分布をプロットしたものである。両図とも、カットオフ後のステント使用率に明らかなジャンプが観察された。パネルCとDは薬剤溶出性バルーン(ここでDEBと呼びます)の使用率と一回手術で使用されたDEBの平均数を示している。全国VBPはステントの価格を引き下げたが、DEBの価格は変わらない。したがって、ステント手術でより多くのDEBを処方することは、医師の収入を増加させる可能性がある。DEBの使用率がカットオフの後、小さいが明らかなジャンプが観察されている。

表の医療消耗材使用に関するRDD推定結果によると、外部マージン(ステントなどの使用是非)では、全国VBPは手術治療を受けた患者のステント使用率を10.6ポイント増加させ、内部マージン(1回の手術で使用されたステント数など)では、プログラムの実施により、1回の手術で使用されるステントの平均数が0.114増加し、その増加幅は大きく、37%以上に達したことが分かった。また、DEBの使用率はステントの使用率と同様に 、全国VBPはDEBの使用率を10.3%ポイント増加させ、1手術あたりのDEBの 平均使用数を0.099増加させた。また医療費のRDD推定結果からも医師の所得が負のショックに対して、ステントやDEBを使用したり、1回の手術で使用する量を増やしたりすることで対応していることが分かった。5列目と6列目から、総支出と患者の自己負担額に関する結果から、総医療費が平均で約2140元増加し、患者の自己負担額は約1028元増加したことが分かった。価格引き下げにもかかわらず、全国VBPの実施によって医療費を引き下げることはできなかった。患者の自己負担額は19.3%減少したが、総医療費は21.8%増加し、患者の手術費用、薬剤費、検査費のうち、手術費用が最も多く、VBP実施前の平均と比較して77%以上増加したことが分かった。検査費用も16%以上の大幅な増加が確認されている。

政策インプリケーション

本研究の実証結果から、政府主導の中央調達プログラムによって、医療機器の価格を効果的に引き下げることができる一方、医師の経済的インセンティブを考慮しなければ、総医療支出を抑制することはできないことが分かった。今後はこのような政府主導の中央調達プログラムをよりよく実施させるために、医師への支払制度や病院の報酬メカニズムを含む一連の関連政策改革を推進すべきであることを示唆している。

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注:パネルA:1日当たりの平均ステント使用率、パネルB:1回の手術で使用されたステントの平均数、パネルC:1日当たりの平均薬剤溶出性バルーン使用率、パネルD:1回の手術で使用された薬剤溶出性バルーンの平均数を示している。グラフは2021年1月1日を標準化した密度関数となる。X軸は標準化した入院日であり、0は2021年1月1日を表す。正の値はカットオフ後の日付、負の値はカットオフ前の日付を表す。
表:医療消耗材使用及び医療費に関するRDD推定値
表:医療消耗材使用及び医療費に関するRDD推定値
註:RD 推計値を示している。均一カーネルを用いた局所線形回帰を行っている。各回帰は、年齢、年齢平方、性別、婚姻状況、および他の診断の数をコントロールしている。各RD回帰におけるMSE‐バンド幅は別々に計算されたものである。