ノンテクニカルサマリー

科学の商業化径路の規定要因:大学技術移転パネルデータからのエビデンス

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「ハイテクスタートアップと急成長スタートアップにおけるアントレプレナーシップ」プロジェクト

知識基盤経済の成長には科学研究の成果を成功裏に商業化することが不可欠である。大学は科学的知識の最大の供給源で、米国においてバイドール法が制定されて以降、多くの国が大学による知的財産所有を確立し、技術移転機関を通じた大学発明のライセンスを促進している。また、起業家精神の知識スピルオーバー理論は創業を通じた未利用知識ストックの商業化が知識基盤経済の成長に果たす役割を重視している(Acs et al., 2013)。

経済理論によれば、大学知を商業化する径路(ライセンスと大学発ベンチャー)はライセンシー探索費用、ライセンス後の開発費用、知的財産の所有、企業の商業化能力、技術移転機関の効率性によって規定されている(Damsgaard and Thursby, 2013)。シミュレーションの結果によれば、大学発ベンチャーが商業化径路として選択される確率が5割を超えるのは、①大企業に商業化における優位性がなく、ライセンス後の開発費用が非常に低い、②発明者が知的財産を所有し、ライセンス後の開発費用が非常に低い、③ライセンシー探索費用が高く、ライセンス後の開発費用が非常に低い、④技術移転機関が非効率で、ライセンス後の開発費用が非常に低い場合である。

この理論的枠組みにもとづき、本研究は文部科学省「大学等における産学連携等実施状況調査」と国立情報学研究所「科研費データベース」をマッチさせて大学技術移転に関する包括的パネルデータ(2018~2021年)を構築し、日本におけるライセンスと大学発ベンチャー立ち上げの規定要因に関する最初のエビデンスを提供した。

分析結果(表参照)によれば、基礎研究への取り組みは大学発ベンチャー立ち上げにプラスの影響を与える。基礎研究はラジカルなイノベーションを生み、ラジカルなイノベーションはスタートアップによって商業化される傾向にある。したがって、基礎研究の裾野を広げることは、創業を通じた科学の商業化、ひいては経済成長にプラスの効果をもつと考えられる。

表 結果のまとめ(固定効果モデル)
表 結果のまとめ(固定効果モデル)

+:有意に正の効果。―:有意に負の効果。#:非有意。
参考文献
  • Acs, Z., Audretsch, D., and Lehmann, E. 2013. The knowledge spillover theory of entrepreneurship, Small Business Economics, 41(4), 757–774.
  • Damsgaard, E. and Thursby, M. 2013. University entrepreneurship and professor privilege, Industrial and Corporate Change, 22(1), 183–218.