ノンテクニカルサマリー

生産ネットワークと資本所有ネットワーク:企業の境界と財・サービスの流れ

執筆者 CHEN Cheng(Clemson University)/SUN Chang(University of Hong Kong)/張 紅詠(上席研究員)
研究プロジェクト グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究」プロジェクト

どのような取引を企業内で行い、どのような取引をアウトソーシングするのが望ましいのか?これは、経済学における根本的なリサーチ・クエスチョンである。企業の境界に関する研究は、Coase (1937)まで遡るが、所有(ownership)に関する多くの理論研究は、財(physical inputs)の取引を念頭に置いている。近年の実証研究によると、例えば、米国国内貿易の場合、同一企業内において川上事業所の約半分は川下事業所への出荷はないことが明らかになった(Atalay, Hortaçsu, and Syverson, 2014)。これは、垂直統合の目的は財の取引のためではないことを示唆している。さらに、多国籍企業の場合、企業内貿易は一部の非常に大きな企業に集中していることも判明した(Ramondo, Rappoport, and Ruhl, 2016)。資本所有は、財の取引ではなく、サービスの取引、無形資産・知識の共有を促進する可能性があると考えられる。

本稿は、日本企業間のbuyer-supplier(バイヤーとサプライヤー)およびowner-subsidiary(親会社・大株主と子会社・関連会社・孫会社)のリンクに関するデータを使用して、生産ネットワークと資本所有ネットワークとの間の相互関連を分析する。分析では、東京商工リサーチ(TSR)(2006-2014年)の企業情報ファイルおよび企業相関ファイルを用いる。毎年約90万社の売上高、従業者数、4桁産業分類、地域などの企業情報の他に、各企業は主要バイヤーおよびサプライ―最大24社を報告している。大企業は過少報告となる可能性があるため、その取引先が報告している取引情報を用いて取引関係のリンクの数を最大化した。それによって毎年約300万以上の取引関係リンクがある。資本所有関係に関しては、企業情報ファイルでは大株主(降順)の企業名がある。本稿の分析では金融業を除く。

記述統計を見ると、生産ネットワークでは、サプライヤーの数の平均が5.5、バイヤーの数の平均が5.9である(いずれも2006年時点の数字、以下同様)。取引先の数は最小1社の企業もあれば、最大約1万社以上の企業もあり、取引関係の分布は歪みが大きい(skewed)。一方、資本所有ネットワークに参加している企業は非常に少ない。大半の子会社は1つの親会社しかなく、少なくとも1つの親会社(direct owner)がある企業の割合は約7.1%である。同様に、大半の親会社は1つの子会社しかなく、少なくとも1つの子会社(direct subsidiary)がある企業の割合は約3.9%である。

クロス・セクションでは、親会社・大株主と子会社・関連会社のリンクの大部分がバイヤーとサプライヤーのリンクでもあり、垂直統合における財またはサービス取引の役割が重要である。表1は、資本所有ネットワークに参加している関係会社(親会社・大株主、子会社・関連会社及びその同士)の間で取引する確率を示したものである。関係会社の所有レベル(partner owner level)の0、1、2はそれぞれ、関係会社と共通の親会社がある、関係会社は親会社である、関係会社は親会社の親会社であることを意味している。例えば、関係会社は親会社である場合(関係会社の所有レベル (partner owner level) が1の場合)、95,608リンクの内、親会社はバイヤー(partner is buyer)である確率(backward integration)が約41%、親会社はサプライヤー(partner is supplier)である確率(forward integration)が約37%となっている。さらに、関係会社と共通の親会社がある場合、兄弟会社(sibling)が取引先(partner owner levelが0、partner is buyer or supplier)である確率は約1.4%、関係会社が親会社の親会社である場合、親会社の親会社が取引先(partner owner levelが2、partner is buyer or supplier)である確率は約11%である。

表1.関係会社が取引先である確率
表1.関係会社が取引先である確率
注:数字は割合であり、括弧内の数字は取引関係の数である。出所:論文p.10 Table 4より抜粋。

生産ネットワークにおける資本所有の重要性については、150万以上のサプライヤーのリンクの内、6.2%が直接関係(owner/subsidiary/sibling)、13.6%が間接関係(owner/subsidiary/siblingのサプライヤー)である。一方、160万以上のバイヤーのリンクの内、5.9%が直接関係(owner/subsidiary/sibling)、8.6%が間接関係(owner/subsidiary/siblingのバイヤー)である。これらの直接・間接の取引関係は、企業が資本所有を通じて構築した生産ネットワークであり、ランダムで構成されているわけではない。これらの結果は、企業は関係会社がすでに使用しているバイヤーとサプライヤーを使用する可能性が高く、統合の間接的な利点を示唆している。

資本所有ネットワークに直接・間接関係しているサプライヤーは、それ以外のサプライヤーと比較して次の特性がある。(1)バイヤーの数が多い、(2)売上高が高い、(3)TSRスコア(成長性や安定性を加味した企業の総合評価)が高い、(4)取引先との間の物理的距離が近い。同様に、資本所有ネットワークに直接・間接関係しているバイヤーについても、それ以外のバイヤーと比較して同じ特性が観察された。

さらに、直接関係しているサプライヤーを使用する企業の特性について推定した結果によると、より有能な企業は、既存のバイヤーとサプライヤーの数を考慮しても、バイヤーとサプライヤーを統合する可能性が高い。しかし、企業が成長するにつれて、関係会社であるバイヤーとサプライヤーへの依存度が低下し、関係会社ではないバイヤーとサプライヤーへの依存度が高くなる。

最後に、これらの結果を踏まえ特に企業成長の観点からの政策的含意について考えよう。若い企業のパフォーマンスは関係会社であるサプライヤー/バイヤーに大きく依存するが、企業の成長につれて関係会社ではないサプライヤー/バイヤーと取引を拡大する傾向がある。若い企業にとって、資本所有ネットワークを通じて大きな生産ネットワークに参加することによって大きく成長する可能性が高い。このため、若い企業を、例えば大企業の生産ネットワークに参加させることを促すような政策(ビジネスマッチング、商談会など)は、参加した若い企業を大きく成長させる可能性が高いと考えられる。

参照文献
  • Coase, R. H., “The Nature of Firm,” Economica, 1937, 4(16): 386-405.
  • Atalay,E., A. Hortaçsu and C. Syverson, “Vertical Integration and Input Flows,” American Economic Review, April 2014, 104 (4): 1120–1148.
  • Ramondo, N., V. Rappoport,and K. J. Ruhl, “Intrafirm trade and vertical fragmentation in U.S. multinational corporations,” Journal of International Economics, January2016, 98: 51–59.