ノンテクニカルサマリー

知識の源泉としての大学:地域におけるハイテクスタートアップ創出に関する研究

執筆者 元橋 一之(ファカルティフェロー)/趙 秋涵(東京大学)
研究プロジェクト イノベーションエコシステムの生成プロセスに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「イノベーションエコシステムの生成プロセスに関する研究」プロジェクト

大学が地域のイノベーションに与える影響については、大学発ベンチャーやハイテクスタートアップの活動など様々な実証研究が行われている。しかし、その多くが行政単位(市区町村等)のデータに基づくもので、大学の存在とイノベーション活動の関係について、その他の一般的な集積効果の影響との識別が困難であるという問題がある。ここでは、1キロメッシュ単位で大学による論文生産や特許出願とハイテクスタートアップに関するパネルデータを作成し、双方の地理的分布の関係に関する詳細な分析を行った。

まず、大学の論文数及び特許数及びハイテクベンチャー数(1998年以降に創業し特許を有する企業をハイテクベンチャーとした)について、その所在地毎(複数キャンパスを有する大学については各キャンパス毎)の1キロメートル四方メッシュデータを作成した。このデータを元に大学の所在とハイテクベンチャー創出についてパネルデータ分析を行ったが、ハイテクベンチャーが存在するメッシュを分析の対象とした(例として東京都における分析対象メッシュは図1のとおり)。また、その際には大学の知識(論文、特許数)の地域的スピルオーバーの範囲として、①当該1キロ四方メッシュ、②その東西南北2キロまでの周辺地域(5キロ×5キロ)、③その東西南北7キロまでの周辺地域(15キロ×15キロ)の3通りとして、距離による効果の変化を見ることとした(図1右図参照)。

(図1)メッシュデータと分析対象
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(図1)メッシュデータと分析対象

その結果、図2のとおり大学から距離が離れるとハイテクベンチャー創出効果は急速に減衰することが分かった。特許、論文とも2キロまでの範囲は当該1キロメッシュの30%~40%の減衰とほぼ同等である。しかし、2キロを超えると論文は約20%に対して、特許は約3%にまで落ち込み、効果が急速に減衰する。大学における知識の中でより商用化に近いものは、ハイテクベンチャーの地理的集積を強める傾向にあると解釈できる(なお、Regeocoded Paperは、論文の場所の特定を特許と同条件で行ったもの)。

(図2)ベンチャー創出効果の距離による減衰(Local=1)
(図2)ベンチャー創出効果の距離による減衰(Local=1)

今回は大学における知識とハイテクベンチャー創出に関する地理的近接性について分析を行ったもので、ベンチャー企業の地理的集積(アントレプレナーシップエコシステム)において大学が重要な役割を担っていることを再確認するものである。従って、大学知によるアントレプレナーシップ(大学発ベンチャー)振興のためには、大学との近接性あるいはオンキャンパスの施設整備に力を入れることが重要であることを示唆している。また、大学キャンパスの誘致が知識集約型産業を中心とした地域振興の原動力となることを示すものであり、今後の地域政策のあり方にも示唆を与えるものといえる。