ノンテクニカルサマリー

グローバル・ソーシングと企業在庫:コロナ禍における日本の製造業企業からのエビデンス

執筆者 張 紅詠(上席研究員)/DOAN Thi Thanh Ha(東アジア・アセアン経済研究センター)
研究プロジェクト グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究」プロジェクト

問題意識

企業は在庫を保持して、原材料・中間財の不足と在庫切れのリスクを管理する。これは、国際的なサプライチェーンと輸入中間財に依存している企業にとって特に重要である。パンデミックによるサプライチェーンの分断と混乱は、研究者や政策立案者の間でサプライチェーンの強靭化とレジリエンス(回復力)に広く注目を集めている。サプライチェーン・リスクにさらされている企業は、生産と在庫管理をジャストインタイム (JIT) からジャストインケース (JIC) へシフトすることを余儀なくされた場合もあると指摘されている。本稿は、日本の製造業企業のパネルデータ(2015Q1~2021Q2)を使用して、パンデミックにおけるグローバル・ソーシングと企業の在庫調整について分析する。

データ

本稿の分析に使用するデータは、①財務省「法人企業統計調査四半期別調査」(2015年Q1~2021年Q2)、②「経済産業省企業活動基本調査」(2015~2019年度)、及び③「海外現地法人四半期調査」(2015年Q1~2020年Q3)の調査票情報に基づく。データ①は、企業活動の実態を把握するため、標本調査として実施されている統計法に基づく基幹統計調査である。製造業を含む一般業と金融業保険業を調査しているが、本稿の分析対象は製造業企業である。調査事項は、売上高、役員・従業員数、棚卸資産(在庫)などがある。棚卸資産(在庫)のうち、製品又は商品、仕掛品、原材料・貯蔵品それぞれの金額が報告されている。輸入に関する情報は含まれていないため、データ②で調査しているモノの輸入額(さらに、うち、中国からの輸入額)及び③日本国向けの売上高(輸出)の調査項目を利用する。本稿は、法人番号を用いてデータ①~③をリンクしたデータセットを構築し、コロナ禍の前後、輸入企業は非輸入企業と比較して在庫がどのように変化したかについて分析する。

分析結果

第一に、パンデミック前、輸入企業は、原材料・中間財を国内のみで購入する企業(非輸入企業)と比較して、原材料・仕掛品・製品の在庫率(在庫/売上高)がいずれも高い傾向がある。この結果は、在庫の金額を使っても、企業規模をコントロールしても頑健である。

第二に、パンデミック後、輸入企業は、非輸入企業と比較して中間財の在庫(率)を顕著に増やしている(図1)。これは特に、パンデミック前(ex-ante)の輸入依存度の高い企業ほど、中国依存のサプライチェーン途絶を経験した多国籍企業ほど顕著である。これらの結果は、輸入企業がジャストインタイム生産方式からジャストインケース生産方式へ転換する可能性を示唆している。

図1.パンデミック後輸入企業が在庫を増やしている
図1.パンデミック後輸入企業が在庫を増やしている
注:サンプル期間は2015Q1~2021年Q2。ドットは推定値、点線は95%の信頼区間を表す。企業規模、産業-時間固定効果及び地域(都道府県)-時間固定効果をコントロールした推定結果である。
出所:「法人企業統計調査四半期別調査」「経済産業省企業活動基本調査」調査票情報より筆者試算。

さらに、本稿は、バッファとして在庫の役割を検討しつつ、地域別新型コロナウイルスの感染拡大、産業別投入・産出価格、企業が直面する金融制約と不確実性などの諸要因についても分析を行う(詳細はDPに参照)。

政策インプリケーション

在庫は、パンデミックやその他のサプライチェーン・ショック時の供給網の混乱、原材料・中間財不足に対してバッファとして重要な役割を果たしている。しかし、在庫の増加には在庫コストの増加が伴い、これは金融制約に直面している企業にとって困難である。本稿で示したように、在庫は金融制約によって大幅に減少する。したがって、パンデミックの間は金融制約を緩和する政策が必要である。もちろん、より重要なことは、パンデミック後の政策は、より強靭で回復力のあるサプライチェーンを構築するための企業の取り組みをサポートしなければならない。また、本稿の分析期間が 2021 年第 2 四半期までであるため、日本の製造企業が JIT から JIC 生産に完全に移行したという結論に飛びつくのは時期尚早であることも留意すべき。企業レベルの在庫調整やマクロ経済の在庫循環を引き続き注視する必要がある。