ノンテクニカルサマリー

褒め方、叱り方が子どもの将来に与える影響-日本における実証研究

執筆者 西村 和雄(ファカルティフェロー)/八木 匡(同志社大学)
研究プロジェクト 日本経済社会の活力回復と生産性向上のための基礎的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本経済社会の活力回復と生産性向上のための基礎的研究」プロジェクト

親は子供に対して、日常的な表情やボディランゲージによるものを別にすれば、声かけと応え方でコミュニケーションをとる。それをどのようなものにするかによって子どもの成長は強い影響を受けると考えられる。特に、子供が問題行動をとったときの注意の仕方、好ましい行動をとった時の励まし方は、子育てに関する多くの著作や論文が重要視していることであり、どのようにすることが良いのか多くの親が悩む点でもある。

声かけと応え方で多くの議論の的となるのは賞罰の是非である。子どもに罰を与えることが良くないというのは理解できる 。しかし、著名な心理学の著作には、子どもに罰を与えることだけでなく、子供に褒美を与えることも良くなく、褒美は、子どもが欲しているものを使って行動を支配する手段となり、長期的には罰と同じ意味をもつことになるという主張も少なからずある。更に、褒めることは報酬と同じく、生徒をコントロールしようとすることであり、叱ることは「これをしなさい、さもないとこうしますよ」という意味で、やはり罰と同じであるとすら言われることもある。(Alfie Kohn (1993)、Ryan and Deci (2000)、Dreikurs (1958), McKay and Dinkmeyer (1989))。

しかし、叱ることが良くないというのはともかく、褒めることも良くないというのは本当であろうか。そして、良くないとすれば子供にどういう影響を与えるからなのか。

このような問題意識から、我々は、叱ること、罰を与えることとともに、褒めること、褒美を与えることが、成人後の子供にどのような影響を与えるかを実証的に検証した。本論文では、理想的な注意の仕方や励まし方がどのようなものかという議論には深入りせずに、実際に多くの親が行うと思われるしかり方、褒め方を質問し、日本人2,052人からの回答を分析して、子どもの時に受けた、叱られ方、褒められ方と成人後の自己決定度や安心感との関係を調べた。

本稿では、さらに、叱ること、罰を与えること、褒めること、褒美を与えることが、成人後の長期的な判断と倫理的行動に与える影響を分析する。長期的な判断は行動経済学における双曲割引(Hyperbolic discounting)と関連すると考えることもできる。双曲割引とは、今日と明日の違いは1年後とその翌日の違いより大きいというものである。

図1および図2で示されているように、親に叱られた時に、「次は頑張ろうね」と励まされたことを記憶している人は、「どうしてできないの」と叱られた人よりも、自己決定度と安心感が最も高かった。「罰を与える」ことは不安感を増すという意味で、良い結果を生まなかった。親に褒められた場合、「頑張ったね」と努力の過程を認められた人の自己決定度と安心感がともに最も高く、「褒美をもらった」人の自己決定度が最も低かった。また「えらいね」という褒め方は、「頑張ったね」と比べると、自己決定度が低かった。

また、長期的な視点で物事を考える習慣や倫理的行動に与える影響を見ると、「罰を与えること」と「褒美を与えること」は、「次は頑張ろうね」や「頑張ったね」と言われるのと比較して、長期的な視点で物事を考える習慣や倫理的行動を低下させるという結果が得られた。これは、行動経済学における双曲割引の度合いを高めることと整合的な結果である。賞罰が、双曲割引の度合いを高め、遠い将来よりも直近の利得を強く意識するような影響を与えるとも解釈できる。

これらの結果は、自立心を身につけながら、高い倫理感と計画実行力を持つ人材の育成方法を示唆しており、長期的に生産性を高める政策評価にも重要な意味を持っている。以上の結果は、日本の教育、特に、初等・中等教育におけるあり方、人材育成、教育投資の効率化を通じて、経済成長の促進に役立つであろう。

図1 叱る言葉とその影響
図1 叱る言葉とその影響
図2 褒め言葉とその影響
図2 褒め言葉とその影響