ノンテクニカルサマリー

国立大学法人化による大学特許に対する影響:研究者レベルの実証分析

執筆者 元橋 一之(ファカルティフェロー)/池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))/KWON Seokbeom(Sungkyunkwan University)
研究プロジェクト イノベーションエコシステムの生成プロセスに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「イノベーションエコシステムの生成プロセスに関する研究」プロジェクト

1.日本における国立大学制度改革

日本では2004年4月に国立大学の改革が行われ、これまで国の行政組織の一部として位置づけられていた国立大学が、国立大学法人という独立の経営主体として、自主的な運営が任されるようになった。具体的には、それぞれの法人に対して資金配分や人事等における組織運営の自由度が与えられた一方で、それぞれにおいて中期目標・中期計画(6年間)を策定し、その評価結果に応じて運営費交付金が支払われるという目標管理制度が導入され、教育研究に加えて、研究成果の社会還元を含めた社会貢献が明示的に問われるようになった。また、それぞれの大学が、独立行政法人としての法的実体を持つことによって、大学としての知的財産権の機関帰属が可能となった。これにより、国立大学法人としての特許出願、登録が行われるようになった。このように2004年の法人化によって、国立大学には産学連携や知財ライセンシング、大学発ベンチャーにおける資金調達など、研究成果の実用化、社会実装も強く求められるようになり、特に理工系の大学教員は、基礎研究と実用化研究の二兎を追う状態に置かれている。

2.国立大学法人化前後の国立大学及びその他大学の特許出願件数

図1は国立大学とその他の大学について、それぞれ単独出願特許と産学連携特許(企業との共同出願特許と企業単独特許のうち大学発明者関与特許の和)の推移を見たものである。国立大学の単独特許は、機関帰属が認められた2004年以降急速に増加している。また、2004年の法人化以前においても国立大学の教員が産学連携に従事していたことがわかる。一方、産学連携特許についてより詳細にみてみると、1990年代後半から産学連携特許の増加が見られるが、2003年まではこれらの成果は企業が単独で出願したものとなっており、2004年に機関帰属が認められるようになって急激に共同出願特許に置き換わっている。

3.国立大学法人化が特許の量と質に与えた効果

研究成果の知的財産としての権利化は、原則として公開を前提とする公的研究の成果の囲い込みが行われているという見方もある。そこで本研究では国立大学における特許に焦点をあてて、国立大学の法人化による大学教員の特許活動に対する影響と特許化された技術内容の変化について実証分析を行った。具体的には、法人化の影響を受けていない私立大学及び公立大学の教員と比較対照した研究者個人レベルの分析(差の差の分析:DID分析)を適用することで、国立大学法人化の前後における特許の量と質の変化について評価を行った。

その結果、法人改革後の国立大学の特許は、特許出願数、被引用数で測った質の両面において上昇していることが分かった。また、質の向上は主に企業からの被引用件数によってもたらされていることが分かった。つまり、国立大学法人改革の結果として、大学特許の増加は、大学における研究成果の社会還元という観点からも一定の効果があったものと考えることができる。

なお、大学特許の機関帰属やTLO活動による技術移転は、それぞれの国のイノベーションシステムの特性によってその影響は異なり、米国と比較して欧州諸国の活動は芳しくないとされている。日本のイノベーションシステムは、米国と比べて、国公立大学の影響力が大きいヨーロッパ諸国と類似性が高いが、国立大学法人改革を中心とした産学連携政策は一定の成果を上げているということができる。特許の大学機関帰属が認められていないスウェーデンや制度変更がより頻繁に行われるイタリア等と比較して、日本においては大きな制度改革が行われ、かつ(国立)大学をイノベーションシステムの中核としてとらえる方向性が維持されていることがその背景として考えられる。

大学の研究活動の商業化は世界的なトレンドといえるが、日本の国立大学法人改革の影響について、企業のイノベーション活動への影響も含めた長期的な効果分析については、今後の重要な研究課題といえる。

図1:国立大学とその他大学の特許出願数推移
図1:国立大学とその他大学の特許出願数推移