ノンテクニカルサマリー

地域間サービス価格差と生産性格差再考-卸売・小売業の価格差推計と付加価値ベース価格差への変換を含む再推計

執筆者 徳井 丞次(ファカルティフェロー)/水田 岳志(元一橋大学経済研究所)
研究プロジェクト 地域別・産業別データベースの拡充と分析-地域間の分業と生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析-地域間の分業と生産性」プロジェクト

地域間生産性格差を論じる際に、サービスの分野には多くの困難があることが指摘されている。その1つが、アウトプットの金額を実質化するためのデフレーターの問題で、価格裁定が働きにくいサービス価格には地域差が生じている可能性があるにもかかわらず、それを適切に反映した実質化は行われてきたとは言えない。例えば、よく参照される「県民経済計算」では、「国民経済計算」の全国値デフレーターを使って実質化の計算が行われている。また、われわれが参加しているR-JIPデータベースも、全国値であるJIPデータベースを用いて実質値を求めている。こうした問題意識から、われわれは数年前に「小売物価統計調査」の都道府県別の品目データを利用して、絶対的購買力平価を求める方法を適用して地域間価格差を推計し、生産性格差分析がどの程度修正されるかを検証した(徳井・水田,2017)。

今回の研究では、その時取り扱わなかった2つの点に新たに取り組んだ。その1つは、卸売・小売業の地域間サービス価格差の計測である。SNAのマニュアルを見ると、卸売・小売業の生産金額は商業マージン額で定義されており、日本の産業連関表や国民経済計算などもこの定義に従っている。そこで、「小売物価統計調査」の品目データのなかから流通業を介して消費者の手元に届けられる各種品目を抽出し、それらの製品価格データに「産業連関構造調査(商業マージン調査)」から産業連関表中分類レベルの小売段階、卸売段階別マージン率を当てはめるなどして品目別にマージン金額に対応する価格を都道府県別に求め、これに絶対的購買力平価の方法を適用して、卸売・小売業の地域間価格差を推計した。

いま1つの新たに取り組んだ課題は、産出価格ベースの地域間価格差指数の付加価値ベースのものへの転換である。R-JIPデータベースのアウトプットが付加価値で計測されているので、そこに適用される適切なデフレーターは厳密には付加価値ベースでなければならない。典型的なサービス産業でも、光熱費、通信費、広告宣伝費などの中間投入はあり、それらは産出額の無視できない割合を占めている。そこで、今回は一旦産出価格ベースで作成した地域間価格差指数を付加価値ベースのものに変換する式を導出し、都道府県間産業連関表の情報を使って、付加価値ベースの地域間価格差指数を推計した。

先に、論文の主要な結論である地域間生産性格差分析への地域間サービス価格差の影響を紹介しておくと、新しい推計結果でも地域間価格差は概ね地域間労働生産性と正の相関を持つ傾向があり、全国の地域間生産性格差は、サービス価格差が適切に考慮されていない場合、過大評価になっていたことが分かる。特に東京のように他地域に比べて労働生産性が突出して高い地域にこの傾向が顕著である。例えば、2000年の東京では、価格差調整前の労働生産性が全国幾何平均よりも39パーセント大きくなっていたが、対応する地域間価格差が12パーセント割高になっていたことから、価格差調整反映後の労働生産性は全国幾何平均より27パーセント大きいものと下方修正される。こうした効果を反映させて、価格差調整前後の労働生産性格差の分散を比較すると、価格差調整後には20パーセント程度の分散の大きさの縮小となる。

これは、都市部に比べて地方では人件費が安く、それがサービス価格を押し下げており、適切なデフレーターで実質値にすると、名目金額で比べるほどには生産性が低いわけではなかったということで、都市と地方の生産性格差を心配する人には少しだけ心安らぐ情報かもしれない。ところが、一部の業種ではそれと異なる傾向が観察され始めており、ここで紹介するグラフはその1つで、その安心感に水を差すものだ。図1は、卸売・小売業の地域間価格差の推移を、三大都市圏中心部(東京、愛知、大阪)、三大都市圏、三大都市圏以外に集計して示したものである。卸売・小売業における都市と地域の価格差は、実は徐々に縮小してきているのだ。地方では人件費が相対的に安い状態に変化がないにもかかわらずこうした現象が観察されるのは、人口減少によって地方の卸売・小売業の効率性が下がってきているためかもしれない。このことがより顕著に現れているのは、電気・ガス・水道業の地域間価格差について同様に描いた図2で、2004年にはほとんどなかった地域間価格差が、その15年後には地方(三大都市圏以外)の方が都市(三大都市圏)よりもむしろ高くなっている。人口減少より急速に進む地域では、今後はこうしたライフライン維持のためのコストの面でも、生産性向上を阻む難題に直面しそうだ。

図1 卸売・小売業マージン価格地域間価格差指数(産出価格ベース)の地域圏比較
図1 卸売・小売業マージン価格地域間価格差指数(産出価格ベース)の地域圏比較
(注)本論文図表2の価格差指数から地域圏ごとに付加価値ウェイトの幾何平均をとって作成。年次の表記は、プールドデータ推定期間の最終年を表す(例えば、2019年は2015-2019年の期間)
図2 電気・ガス・水道業(民間・非営利)の地域間価格差指数(産出価格ベース)の地域圏比較
図2 電気・ガス・水道業(民間・非営利)の地域間価格差指数(産出価格ベース)の地域圏比較
(注)本論文図表4-2の価格差指数から地域圏ごとに付加価値ウェイトの幾何平均をとって作成。年次の表記は、プールドデータ推定期間の最終年を表す(例えば、2019年は2015-2019年の期間)。
参考文献
  • 徳井丞次、水田岳志(2017), 「地域間サービス価格差と生産性格差」, RIETI Discussion Paper Series 17-J-012, pp. 1-98, 2017年3月.