ノンテクニカルサマリー

なぜ人々は外国企業による買収に忌避の姿勢を示すのか?:個人の対内投資に関する選好調査を用いた実証分析

執筆者 伊藤 萬里(リサーチアソシエイト)/田中 鮎夢(リサーチアソシエイト)/神事 直人(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクト

対内直接投資は外国企業のノウハウや技術知識が国内に波及することにより、経済成長に寄与することがこれまで蓄積された実証研究によって明らかにされている。各国政府は対内直接投資を国内に呼び込むため、経済特区や優遇税制などを活用し、投資誘致政策を進めてきた。日本も対日直接投資残高を2030年に80兆円にし現在の2倍規模へ、GDP比で12%に増加させることを政策目標として、投資受け入れをさらに促進する方針である。しかし、諸外国の対内投資残高は、例えばOECD平均ではGDP比で56%、G20では37%などとなっており、それと比べると日本は圧倒的に低い水準にある。

本研究では、対内直接投資促進に向けた政策への政治的な支持がどのように形成されるかを明らかにするため、個人レベルで対内直接投資に対する人々の選好を調査し、その決定要因について実証分析を試みた。アンケート調査は2021年6月に実施し、国勢調査の「性別×年代×8地域」の人口構成比率に沿うよう抽出し、有効回答数は4,868名(質問項目が共通する2調査の合算利用)であった。

対内直接投資への人々の見方について、調査では興味深い傾向が窺えた。対内直接投資といえども外国企業が新たに事業所を進出先に設置するグリーンフィールド投資と、既存の進出先企業を合併買収するM&A投資とで人々の選好が異なる点である。下表は右方向に対内M&A投資への賛否を、縦方向に対内グリーンフィールド投資への賛否を、それぞれ全体に占める回答分布を示したものである。どちらの質問も4割強の人が中立的な立場を選ぶ傾向にあるが、反対の姿勢を示す人々も一定数存在し、対内M&A投資の方が反対の姿勢を示す人が圧倒的に多い。両者のクロスで見ると、興味深いことに表の右上に一定数の人が分布していることが分かる。つまり、対内グリーンフィールド投資には賛成もしくは中立的な立場をとっていても、対内M&A投資に対しては反対の姿勢を示す人たちがかなり存在するのである。

表

アンケート調査では、個人属性として年齢・性別・家族構成・学歴・年収といった基本的な属性のほか、いわゆるハゲタカファンドのニュースやメディアに触れた経験があるか、海外に旅行や留学・出張・赴任といった経験があるかなどを調査し、経験に基づく賛否への影響を離散選択モデルを用いて検証した。また、行動経済学の知見を踏まえ、人々の行動バイアスに係る質問も調査項目に加え、これらの属性と対内直接投資への賛否との関連性についても定量的に分析した。その結果、対内直接投資に反対する人には以下のような特徴が見られた。

  • 中高年世代の人
  • 自国製品を好んで選ぶ人
  • 保守的な人(国やふるさとを非常に誇りに思うと回答した人)
  • 外資アレルギーがある人(いわゆる「ハゲタカファンド」のメディア露出に触れた経験がある人)
  • 新型コロナウイルス感染症のワクチン接種を希望しない人
  • 損失回避バイアスがある人(宝くじは買わないが、同じ期待値の損失補填の保険には加入する人)
  • 時間選好率が高い人(一か月後の10万円受け取りを1年延期した際に金額の上乗せを要求する人)

全般的に年収や学歴、産業や勤務形態といった経済的な属性は対内直接投資の選好に影響を与えておらず、上記のような非経済的な要因による影響が目立つ結果となった。この背景には、対内直接投資が低調な日本において経済的な影響を実感できておらず、個人が外資参入に対して抱いている印象に基づいて直感的に反応していることが考えられる。とりわけM&A投資の受け入れに関する選好は、外資アレルギーや損失回避バイアス、時間選好率といった非経済的な要因によって強く影響を受けており、たとえグリーンフィールド投資には賛成もしくは中立的な立場を示しても、対内M&A投資の受け入れには強く反対する傾向が見られた。

対日投資の促進に向けて政策を推進していくためには国内の合意形成が欠かせないが、有権者の多くが非経済的な要因によって影響を受けていることを踏まえると、外資誘致政策に関する丁寧な説明や気づきを与えることが重要になると考える。また、世代別の分析では、若年層についてはこうした要因の影響が弱まる傾向があることから、行動経済学の知見を援用した情報発信が、特に若年層には有効である可能性が示唆される。