ノンテクニカルサマリー

女性候補者は男性候補者よりも選挙でポジティブな言葉を使う

執筆者 ティファニー・バーンズ(ケンタッキー大学)/チャールズ・クラブツリー(ダートマス大学)/松尾 晃孝(エセックス大学)/尾野 嘉邦(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して」プロジェクト

政治家は選挙戦で感情をどのように戦略的に用いているだろうか?先行研究によると、政党や候補者は感情的な言葉を駆使することで有権者に直接に訴え、支持を集めることが可能であり、実際に政党は選挙戦で使用する言葉のニュアンスを経済状況などに応じて戦略的に操作しているとされる。しかし、性別といった候補者個人レベルの非政治的な属性が、選挙戦における感情表現の表出に及ぼす影響については、ほとんど注意が払われて来なかった。

本研究では、女性候補者は選挙戦において身を守るために、自らを取り巻く世界をよりポジティブに描こうとする、戦略的インセンティブを持つと主張する。それを検証するために、2017年と2019年の英国議会選挙に立候補した2,662人の候補者が選挙戦期間中に投稿した164,783件以上のツイートで使用された単語データを分析し、それらの単語のセンチメント(ポジティブ度合・ネガティブ度合)が候補者の所属政党や立場、性別によってどのように異なっているのかを実証的に示す。

その分析結果は以下のとおりである。図1は、候補者の所属政党が与党の場合と野党の場合(上部)、候補者が現職の場合と非現職の場合(下部)で、ツイートの内容がポジティブである度合い(左)、ネガティブである度合い(右)をそれぞれ示したものである。そして黒色が計量分析モデルに基づく男性候補者の場合の予測値、灰色が女性候補者の場合の予測値を示している。

図1 計量分析モデルに基づく候補者ツイート内容のポジティブ度・ネガティブ度の予測値
図1 計量分析モデルに基づく候補者ツイート内容のポジティブ度・ネガティブ度の予測値
図1の結果からは、与党候補者の方が野党候補者よりも平均してツイートの内容がよりポジティブ(肯定的)であるということが見て取れる。また同様に、現職候補者のほうが非現職候補者よりも肯定的であり、先行研究とも一致している結果が観察された。さらに興味深いことに、本研究の仮説通り、分析の結果、ツイートにおいて女性候補者は男性候補者よりも肯定的な感情表現を多く使う(否定的な感情表現を少なく使う)ことが明らかになった。

このような行動パターンは、単に女性候補者が感情的にポジティブであるべきと社会化されたことを反映したものではない。図2に示すのは、候補者自身のツイートに対する返信ツイートの内容を分析した結果である。左側が候補者のツイートのポジティブ度と返信ツイートのポジティブ度の相関関係、右側が候補者のツイートのネガティブ度と返信ツイートのネガティブ度の相関関係を表したものである。

候補者ツイートのネガティブ度と返信ツイートのネガティブ度の関係は、男女ともに非常に大きい(線の傾きが急である)。これは、候補者が否定的な感情を用いると、肯定的な感情を用いる場合よりも強い反応を引き起こすことを示している。さらに、右側の図からは、女性候補者による否定的なツイートは、男性候補者による同様のツイートよりも、より否定的な反応を招くことが見て取れる。

図2 候補者のツイート内容とそれに対する返信ツイート内容の相関関係
図2 候補者のツイート内容とそれに対する返信ツイート内容の相関関係

この分析結果からは、ツイートで否定的な感情を表出した方が有権者の注目をより集めることが出来るにもかかわらず、女性候補者がツイートでそうした否定的な感情を表さないのは、単なる社会化の産物ではなく、女性候補者が有権者からの反発を避けるべく戦略的に選択した結果であるということを示している。つまり、女性候補者は選挙戦において、女性は優しく、感じが良く、思いやりがあるべきであるといった、ジェンダーステレオタイプに沿った振る舞いをするよう戦略的に動機づけられていることが示唆された。

ツイッター上で女性候補者の肯定的な感情の表出には(男性候補者の場合と同様に)肯定的な反応が多いということは、女性候補者はこのようなジェンダーステレオタイプに沿った肯定的な感情を押し出すことによって、選挙戦での不利な状況を効果的に乗り切ることができることを示唆している。同様に、女性候補者は否定的な感情の表出を避けることで、有権者や敵対候補者からの反発を避けることができることが示された。しかし、このダブルバインドによって、女性候補者の選挙戦略の選択肢が少なくなっていることが伺える。ネガティブキャンペーンは、候補者が厳しい選挙に臨む際に一般に有効な戦略であると考えられてきた。しかし、本研究結果からは、この戦略が女性候補者にはあまり有効ではない可能性があり、選挙戦において女性候補者は必ずしも男性候補者と同じように選挙戦略の恩恵を受けることが出来るわけではないということが示された。