ノンテクニカルサマリー

株式所有関係を通じた全世界的な繋がりに関する企業レベルの研究

執筆者 吉川 悠一(立正大学)/飯野 隆史(新潟大学)/池田 裕一(京都大学)/家富 洋(立正大学 / キヤノングローバル戦略研究所)
研究プロジェクト COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程」プロジェクト

グローバル化とともに、誰がどの株式会社をどれほどの割合で所有しているか、どの会社がどの会社へどれほど株式投資しているかなどの株所有関係は、ますます不透明化している。著者らは、網羅的な株所有データベースを用いて、そのような世界規模での株所有構造とその時間変化を最新のネットワーク分析手法を用いて実証的に明らかにすることを目指して研究を進めてきた。

Refinitiv社のGlobal Equity Ownership Dataは、世界における上場企業の主要株主に関する株所有情報を収録している。各国市場の上場企業数および時価総額をほぼ再現することから、データベースの網羅性を確認できる。このデータベースから2007年から2020年まで年次で株所有(有向)ネットワークを構築した。ノードは企業および投資家、リンクは株所有関係でその向きは株主から所有企業の方向、その重みは持ち株の時価である。企業は株主にもなり得るため、企業と株主との間の名寄せ処理を行ったが、作業は単純なものではなく、様々な技術的工夫を要した。

著者らは、各国の株所有関係における階層的な位置づけ、各国における株主種別分布、国間の相互株所有関係、間接所有を含めた究極的な株所有、米国における3大資産運用会社の寡占の進行状況などの視点から、世界における富の集積状況について分析し、その結果をすでに公刊した。本論文では、全世界的な株所有ネットワークにおける日本企業の役割に焦点を当て、これまでの研究をさらに進展させた。安定な株所有関係に通じる中長期の視点に立った「日本的経営」が、どのように株所有構造に反映されるのかは興味のあるところである。

株所有ネットワークをはじめとする有向ネットワークの流れ構造を俯瞰する有力手段として、蝶ネクタイ分解がある。図1に蝶ネクタイ分解を模式的に示す。蝶ネクタイの中心は、最大の強連結成分(注1)であり、大きさ第2位の強連結成分に比べて相対的にはるかに大きいため、巨大強連結成分(GSCC)と呼ぶ。GSCCへ一方通行で辿れるノードの集合がIN成分、GSCCから一方通行で辿れるノードの集合がOUT成分である。GSCC, INおよびOUTで蝶ネクタイ構造の主要部分が形作られる。さらに、蝶ネクタイ構造の周辺部分として、INのひげ、OUTのひげ、チューブおよびその他の成分にノードは分類される。

図1 有向ネットワークの蝶ネクタイ分解
図1 有向ネットワークの蝶ネクタイ分解

図2は、著者らによって構築された世界規模での株所有ネットワークの可視化例である(煩雑さを避けるため、ノードのみを表示)。ここでは、各ノードの階層性を計測するHelmholtz-Hodgeポテンシャル(水の流れに例えると水位に相当)をノードのz座標とした。z軸の正方向が上流(所有者側)、負方向が下流(被所有者側)である。他方、x-y平面内のノード配置は、ノード間の結合度を反映する(結合が強いノード同士ほど近くに配置)。蝶ネクタイの中心となるGSCCは、株所有関係を不明瞭にする循環的な持ち合い関係を表し、主に日本企業によって構成される。2020年ではGSCCを構成する企業4043社のうち2923社が日本企業である(第2位は中国企業で279社、第3位は米国企業で269社)。持株比率2%以上のリンクを除去すると、GSCCはほぼ消失することから、GSCCは緩やかに結合した企業集団であることがわかる。図2は、株所有ネットワークの蝶ネクタイ構造を明確に可視化し、日本企業が所有者側(IN)と被所有者側(OUT)をつなぐ糊付け的なポジションを占めていることを示す。

それでは、何故日本企業は株所有ネットワークにおいてそのような特異的な役割を果たしているのであろうか。本論文で、日本企業が入次数(主要株主数)と出次数(主要投資先数)との間にある強い相関(大株主が多い企業ほど多数の投資先をもつ傾向)で他国の企業と区別されることを新しく見出した。実は、そのような日本企業の次数相関特性が、日本企業によって支配的に構成された循環的株式保有を伴うGSCCをもたらす。この事実は、有向ランダムネットワークの理論およびランダム化シミュレーションによって確認された。著者らは、日本企業特有の入次数 と出次数との間の強い相関は日本式経営に起因すると考えている。

最後に、我が国の株所有構造における懸案課題の一つである親子上場の問題(投資家からみた親子企業間の利益相反リスク)を取り上げた。具体的には、上場親子企業を1つに統合した場合に、GSCCとして検出される日本特有の協調的な株所有構造がどのように変更を受けるかをシミュレーションした。仮に、持株比率が10%以上の所有関係にある上場親子企業を合併させると、2020年時点では約2500社の企業が減る。その中でGSCCに所属する企業は約2000社であり、GSCCへの影響は甚大である。そこで、「合併させる親子企業の少なくとも一方はGSCCに属さない」との制限を加えた。すると、全体で約500社を市場から退出させながら、GSCCをほぼ完全に保存できるとの結果を得た。このように、親子上場の問題を政策当局が解決するにあたって、株所有ネットワークの構造を考慮することにより、GSCCを維持するという意味でソフトランディングさせる道筋があることを明らかにした。

本研究で構築した株所有ネットワークを用いると第3国を経由した間接的な海外投資を企業レベルで分析可能である(ただし、データベース利用契約の関係で恒久的な利活用はできない)。

図2 株所有ネットワークの可視化(左図は全ノード、右図はGSCC, IN, OUT のノードのみを表示)
図2 株所有ネットワークの可視化(左図は全ノード、右図はGSCC, IN, OUT のノードのみを表示)
脚注
  1. ^ 強連結成分の中では、どのノード対も双方向に辿ることが可能である。これが強連結成分の定義である。