ノンテクニカルサマリー

政治指導者のシグナルを捉える:中国における経済政策不確実性と企業投資

執筆者 伊藤 亜聖(ファカルティフェロー)/林 載桓(青山学院大学)/張 紅詠(上席研究員)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

中国について、2012年11月に国家主席に就任した習近平氏の経済分野への影響力が強まってきたとよく指摘されてきた。同氏は多くの政策決定機構の主席を務め、経済改革を司る中央全面深化改革領導小組に代表されるように、経済分野においても政策決定者として認識されるようになってきた。人によっては、同氏を「すべての主席(Chairman of everything)」とも呼んだ。では、同氏の影響力が強いとすれば、その発言は実体経済に影響を与えているのだろうか。

本研究では2012年11月から2021年末までの同氏の報道記事を収録したテキストデータを用いて、経済政策不確実性(EPU)の観点から発言の影響力を検討した。EPUは経済政策に関わる不確実性を把握するために新聞報道等をもとに指数化したもので、米国を筆頭に主要国について作成されている。本研究では中国のEPU研究において代表的な2つの研究が用いた①経済、②政策、③不確実性の3分野のキーワードのうち、①経済と③不確実性のキーワードを用いて、独自の指数XiEPUを作成した。作成したXiEPUは、既存の代表的な中国EPUの一つであるBBDEPUと一定の相関(R=0.37)がある一方で、もう一つの先行研究の指数(HLEPU)や中国版VIX指数(株式市場の変動幅の予測に基づいて金融市場の不確実性を指数化したもの)との関係は認められなかった。

XiEPUが企業の投資行動に与える影響を検証するため、中国の上場企業データの四半期データ(2012Q4-2019Q4)を用いて投資決定関数を推計した。その結果、ベースラインの推計においてXiEPUの上昇は、企業の投資率の低下と相関していることが示され、その大きさはXiEPUが倍増した場合に、投資率が24.5%低下するというものだった。既存研究では、不確実性が高まると企業は投資を先送りすることが理論的・実証的に示されてきた。本研究の結果もこれら先行研究の結果と整合的であった。

そのうえで、XiEPUと投資率の関係は、業種、所有制、時期(国家主席任期の1期と2期)によって異なった。特に政治的なコネクションを持つ企業(役員に党員がいる企業)ではXiEPUの負の効果が若干相殺されることも示された。この結果は、政治的コネクションを持つ企業が、事前に有用な情報を入手して企業行動に反映させている結果生じている可能性がある。また任期第2期においては、任期第1期よりも効果が大きかったことは、政権基盤の強化によって同氏の影響力が強まった可能性を示唆している。

XiEPUには既存EPUと同質性と異質性があることに注意が必要だろう。同質性の面では、既存研究と同じく中国国内の新聞記事データを用いていることから、とくにBBDEPUとは類似した動きを見せている。一方で、異質性の面では、政策決定者の報道から算出される指数ゆえに、既存のEPUの概念と範囲を超えて、政策決定者の認識や対外的なシグナル効果もXiEPUには含まれていると考えられる。

本研究は中国の政治と経済の間の連関の一経路を検討したものと言えるだろう。本研究の推計結果が示唆するのは、中国において企業(分析対象となっているのは上場企業)は、国家主席・党総書記の発言と報道からある種の情報を獲得し、それを企業行動に反映させている、というメカニズムである。中国を観察する者が直観的、あるいは分析的に指摘してきたそのメカニズムは、本分析から一定程度示されている。

図1 作成された月次XiEPUの推移(2012年11月-2021年12月)
図1 作成された月次XiEPUの推移(2012年11月-2021年12月)
注:XiEPU-BBDはBBD論文のキーワードを、XiEPU-HLはHL論文のキーワードを用いたもので、XiEPU-Hybridは両論文のキーワードを用いて算出されたものである。