ノンテクニカルサマリー

クラウドファンディング成功の決定要因―株式投資型クラウドファンディングから得られた検証結果―

執筆者 栗原 仰基(中央大学)/本庄 裕司(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト アントレプレヌール・エコシステムの形成
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アントレプレヌール・エコシステムの形成」プロジェクト

資金調達は、創業間もないスタートアップ企業にとって大きな課題だ。事業が軌道に乗るまでの間、スタートアップ企業は十分なキャッシュフローを得ることが難しい。その間、追加の資金調達は、外部金融に頼ることになる。とくに、新しい技術や製品の開発をめざすスタートアップ企業は、資金需要が大きく、外部金融による資金調達が事業の存続を左右する。こうした状況のもとで、スタートアップ企業への個人投資、すなわち「エンジェル投資」がスタートアップ企業の資金調達に一定の役割をはたすと期待されている。

日本では、銀行借入金などのデットファイナンスと比較すると、増資などのエクイティファイナンスが十分に機能していない (Honjo, 2021)。実際に、日本のエンジェル投資の割合は、他国と比較して低調な傾向がみられる (Honjo and Nakamura, 2020)。こうした背景に、個人資産の銀行預金に著しく偏った日本の資金循環がある。しかし、デットファイナンスでは、高いリスクに見合ったリターンを期待できない。また、デットファイナンスに伴う利子は、継続的に研究開発投資を必要とするハイテクスタートアップにとって大きな足かせになる。成長をめざすスタートアップ企業にとって、エクイティファイナンスが必要となりやすい。

2020年4月、特定新規中小企業者(いわゆる「ベンチャー企業」)への投資を促進するために、こうした企業に投資を行う個人投資家に対して税制上の優遇措置である「エンジェル税制」が改正された(注1)。エンジェル税制は、創業間もないスタートアップ企業に対し、資金調達の側面から支援する。この改正によって、エンジェル税制の要件が緩和されて、一定の要件を満たした株式投資型クラウドファンディング事業者がエンジェル税制の対象を新たに認定できるようになった。

本稿は、日本最大の株式投資型クラウドファンディング「FUNDINNO」に掲載されたプロジェクトを対象に、プロジェクトの成功の決定要因を明らかにする。ここでは、資金調達を必要とする企業が設定した目標金額に対し、その目標金額を上回る資金をクラウドファンディングで調達できたか否かで成功を定義する。実際の推定では、成功と失敗を2値変数でとらえたプロビットモデルに加え、成功までの時間を対象とした生存分析や目標金額を内生的に取り扱った推定も試みている。

本稿では、エンジェル税制がプロジェクト成功に与える影響を分析している。図1では、カプラン・マイヤー推定量(Kaplan-Meier survival estimate)を用い、プロジェクトの資金調達開始から成功までの時間をエンジェル税制対象プロジェクトとそれ以外で比較した。図1に示すとおり、エンジェル税制対象のプロジェクトは、全体の約8割が24時間以内の短時間に成功しており、また、それ以外のプロジェクトと比較すると成功しやすい。ただし、目標金額を内生的に取り扱ったモデルでは、その効果は必ずしも統計的に有意でない。

図1 資金調達成功までの時間:エンジェル税制対象プロジェクトとそれ以外のプロジェクト
図1 資金調達成功までの時間:エンジェル税制対象プロジェクトとそれ以外のプロジェクト
注:観測数242。データや推定方法の詳細は、本文を参照のこと。

それ以外に、クラウドファンディングのプロジェクト成功要因について、まず、クラウドファンディング以前にベンチャーキャピタルから資金調達しているプロジェクトほど成功しやすく、また、特許を申請あるいは取得しているプロジェクトほど成功しやすい。こうしたことから、株式投資型クラウドファンディングは、ハイテクスタートアップを支援する役割を果たすと期待されている。

その一方で、日本の株式投資型クラウドファンディングにはいくつか課題が残ることも事実といえる。とりわけ、個人の投資額の上限が50万円までであり、企業の年間の資金調達は1億円と規制されている。こうした規制もあって、欧米と比較すると日本の株式投資型クラウドファンディングの成功確率は高い傾向がみられるが、しかし、このことは多額の資金を必要とするスタートアップ企業の資金調達に大きな制約につながる。

こうした課題が残る一方で、ネットビジネスの浸透に伴い、クラウドファンディングを通じた資金調達への期待は大きい。近年、株式投資型クラウドファンディングで資金調達した企業のIPO (initial public offering) がみられており、今後、株式投資型クラウドファンディングを通じた日本のスタートアップ企業の成長に注目していきたい。

脚注
  1. ^ エンジェル税制は「租税特別措置法」と「中小企業等経営強化法」にもとづく制度である。エンジェル税制の詳細は、中小企業庁ホームページなどを参照いただきたい。
    https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/chiiki/angel/index2.html [2022年5月13日アクセス]
参考文献
  • Honjo, Y., 2021. The impact of founders’ human capital on initial capital structure: Evidence from Japan. Technovation 100, 102191.
  • Honjo, Y., Nakamura, H., 2020. The link between entrepreneurship and informal investment: An international comparison. Japan and the World Economy 54, 101012.