ノンテクニカルサマリー

貿易の技術的障害、製品品質と貿易の内外延:ミクロデータに基づくエビデンス

執筆者 DOAN Thi Thanh Ha(東アジア・アセアン経済研究センター)/張 紅詠(上席研究員)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

世界全体の関税率は低いレベルまで低下してきたが、非関税措置(Non-Tariff Measures: NTMs)が増加しており、NTMsへの関心が高まっている。NTMsのうち、貿易の技術的障害(Technical Barriers to Trade: TBT)や衛生植物検疫措置(Sanitary and Phytosanitary Measures: SPS)などの標準・規格が貿易に与える影響に関する研究が増えているが、その影響は明確ではない(注1)。輸出企業にとって、標準・規格に対応するための固定費用(新しい設備投資など)や可変費用(行政手続きやラベリングなど)がかかり、貿易コストの増大により貿易に歪みをもたらす恐れがある。一方、標準・規格は消費者の健康と安全を守り、輸入財の品質向上をもたらす可能性もあると指摘されている。

本研究は、TBTが貿易の内外延と製品品質に及ぼす影響について企業-財レベルのミクロデータを用いて実証分析を行う。貿易の内延(intensive margin)とは、各企業の輸出額、貿易の外延(extensive margin)とは新規企業の輸出参加のことである。製品品質(Product quality)の計測は、Khandelwal (2010) 、Manova and Yu (2017) の手法に従って推定する。

TBTデータは世界貿易機関(WTO)が整備した「特定の貿易上の懸念」(Specific Trade Concerns)データベースから入手した。本研究は中国が訴えたTBT案件を分析の対象とする。懸念が訴えられたWTOメンバーは、EU、アメリカ、日本、韓国などの先進国が多い。各TBT案件はHS4桁財分類(一部の財は6桁分類)レベルとなっている。中国輸出の場合、2000-2012年、HS4桁分類(1198の財)のうち、約43%(519)の財がTBTに直面している。

貿易データは中国税関の輸出入申告データ(2000-2012年)を利用している。データは各企業についてはHS8桁レベルでの貿易額、数量、輸出入先(国・地域)、貿易モード(加工・一般)などの情報が含まれている。本研究では、企業-HS4財分類-輸出先-年レベルで集計したものを用いる。企業の研究開発(R&D)に関する情報は、「規模以上工業企業統計」(中国国家統計局)の製造業企業データを用いる。このデータは売上高500万元以上(2011年より2000万元以上)のすべての製造業企業をカバーしている。筆者らは企業名、電話番号などの情報を用いて輸出入申告データとマッチングを行った。

実証分析では、輸出先の関税率、対中アンチダンピング(AD)措置をコントロールした上、TBTの影響を推定する。分析結果は次のように要約される(図1参照)。
(1)TBTが退出する確率を約0.3%上昇させ、輸出企業を退出させる効果がある。同時に、TBTが新たな輸出参加を促進する効果は確認されなかった。
(2)生き残った企業の輸出が拡大し、輸出額が平均的には約4.9%増加する。
(3)TBTによって輸出価格が約4.5%高くなっているが、製品品質が約22.8%も向上している。製品品質向上のメカニズムとしては、輸出企業はR&D、中間財・資本財の輸入を通じて製品品質を高めている。
(4)TBTの品質改善効果は価格上昇効果を相殺した結果、品質を考慮した輸出価格の低下(約18.3%)をもたらしている。TBTが輸入財消費者の経済厚生(welfare)を向上させる効果があることを示唆している。

図1. TBTが輸出に及ぼす影響(%)
図1. TBTが輸出に及ぼす影響(%)
注:推定結果の詳細はDPのTable 4参照。

NTMsや標準・規格は国内法に関連している場合も多いため、従来の貿易交渉で提唱されるNTMsの撤廃は困難であると指摘されている(UNCTAD 2020)。その中で、標準・規格による貿易コストの最小化は輸出促進にとって重要である。また、本研究の分析結果で示されたように、TBTの影響が企業によって異なっており、敗者と勝者が生まれる。さらに、輸出国側からみると、標準・規格を満たすための企業努力はもちろん、輸出企業に対する支援策(標準・規格に関する情報提供、R&D、中間財・資本財の輸入促進など)が必要である。輸入国側からみると、標準・規格が製品品質・消費者厚生のsignalのような役割を果たしている。従って、標準・規格の撤廃ではなく、その貿易コストを最小化することが重要である。

脚注
  1. ^ Technical Barriers to Trade は、学術研究では「貿易の技術的障壁」と訳することが多いが(例えば、井尻2022)、ここでは経済産業省やジェトロに従って「貿易の技術的障害」とする。
参考文献
  • 井尻直彦 (2022)『日本の貿易変動と非関税障壁』文真堂。
  • Khandelwal, A. (2010) The Long and Short (of) Quality Ladders, The Review of Economic Studies, 77(4): 1450–76.
  • Manova, K. and Z. Yu (2017) Multi-Product Firms and Product Quality, Journal of International Economics, 109: 116–37.
  • UNCTAD (2020) Non-tariff Measures in Australia, China, India, Japan, New Zealand, and the Republic of Korea: Preliminary Findings. Geneva: United Nations Conference on Trade and Development.