ノンテクニカルサマリー

リスク回避度はエンジェル投資の実施と関心に影響するか―日本を対象とした実証分析―

執筆者 本庄 裕司(ファカルティフェロー)/池内 健太(上席研究員(政策エコノミスト))/中村 寛樹(東京大学)
研究プロジェクト アントレプレヌール・エコシステムの形成
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アントレプレヌール・エコシステムの形成」プロジェクト

2022年、岸田内閣は「スタートアップ創出元年」と位置付けて創業間もないスタートアップ企業の支援の強化を掲げた(注1)。いうまでもなく、起業(創業)のために資金調達は不可欠だ。しかし、スタートアップ企業の事業リスクは高く、資金調達は容易でない。その点で、こうした企業への投資、いわゆる「エンジェル投資」が起業の促進やスタートアップ企業の成長に重要な役割を果たす。

エンジェル投資を実施するために、その個人が十分な資産(富)を持たなければならない。ただし、それだけではエンジェル投資につながらない。そもそもその個人がエンジェル投資に関心がなければ投資しない。また、関心があっても、実際の投資の実施にはハードルが存在する。エンジェル投資への関心や実施にその個人の個人属性が大きく左右する。とくに、個人のリスク耐性 (risk tolerance) が影響し、リスク回避度 (risk aversion) の小さい個人ほどエンジェル投資を行いやすいと考えられる。

リスク回避度と起業(創業)との関係は、これまで数多く論じられてきた (Blanchflower and Oswald, 1998; Kihlstrom and Laffont, 1979)。リスク回避度と起業には負の相関があり、リスク回避度の低い個人ほど起業を選択しやすい。実際に、これまでの実証分析で負の相関が明らかにされてきた (Cramer et al., 2002)。しかし、その一方で、リスク回避度とエンジェル投資との関係は、筆者らの知る限りにおいて十分に明らかにされていない。日本で起業を促進していくためには、事業をはじめる起業家(アントレプレナー)だけでなく、そこに資金を提供する投資家の存在が必要だ。こうした状況に鑑みて、本稿ではリスク回避度とエンジェル投資との関係を明らかにしてみたい。

本稿では、ウェブ調査を用いて約1万人の個人を対象に、リスク回避度やエンジェル投資についてたずねた。そのうち分析に必要な項目を入手できた約7千人を対象に、一般化順序プロビットモデルなどを用いてエンジェル投資の関心と実施の決定要因を推定した。推定結果から、リスク回避度はエンジェル投資に有意に影響する傾向が明らかとなった。リスク回避度の高い個人よりもリスク回避度の低い個人のほうがエンジェル投資を行いやすく、リスク回避度とエンジェル投資との負の相関がみられている。

リスク回避度は、エンジェル投資への関心や実施のそれぞれの段階に影響する。図1では、エンジェル投資を実施した人、関心はあるが実施していない人、また、実施しておらず関心もない人に区分してリスク回避度の平均を比較した。ここからわかるように、とくにエンジェル投資を実施した個人のリスク回避度の平均が低い。また、一般化順序プロビットモデルにもとづく限界効果の比較から、リスク回避度がエンジェル投資の関心に与える負の影響より、むしろエンジェル投資の実施に与える負の影響のほうが大きいことが明らかとなった。加えて、起業経験は、リスク回避度のエンジェル投資への実施の影響を和らげることも示した。

成長を期待できるスタートアップ企業の創出に向けて、リスクマネーを供給する投資家の役割が期待される。とくに、イノベーションをめざすスタートアップ企業にとって、出資(エクイティファイナンス)によるリスクマネーの供給は必要だ(注2)。スタートアップ企業の創出のために、エンジェル投資家は起業家と並ぶ重要なアクターであり、エンジェル投資家から潜在的な起業家へ資金循環が望まれる。本稿で、リスク回避度がエンジェル投資を阻害する傾向を示したことから、個人に対するリスク軽減を促す政策の必要性が示唆される(注3)。スタートアップ創出元年において、車輪の両輪のように、起業と投資の双方の推進が求められる。

図1 エンジェル投資の関心・実施の有無とリスク回避度
図1 エンジェル投資の関心・実施の有無とリスク回避度
脚注
  1. ^ 詳細は、内閣府ホームページなどを参照いただきたい。
    https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0210kaiken.html [2022年4月12日アクセス]
  2. ^ Honjo (2021) は、知的財産を有する起業発明家が法人設立の際にエクイティファイナンスに依存する傾向を示した。
  3. ^ 具体的な制度として、特定新規中小企業者(ベンチャー企業)への投資を促進するために、投資を行った個人投資家に対して税制上の優遇措置を行う「エンジェル税制」がある。
参考文献
  • Blanchflower, D. G., Oswald, A. J., 1998. What makes an entrepreneur? Journal of Labor Economics 16, 26–60.
  • Cramer, J., Hartog, J., Jonker, N., Van Praag, M., 2002. Low risk aversion encourages the choice for entrepreneurship: An empirical test of a truism. Journal of Economic Behavior and Organization 48, 29–36.
  • Honjo, Y., 2021. The impact of founders’ human capital on initial capital structure: Evidence from Japan. Technovation 100, 102191.
  • Kihlstrom, R. E., Laffont, J. J., 1979. A general equilibrium entrepreneurial theory of new firm formation based on risk aversion. Journal of Political Economy 87, 304–316.