ノンテクニカルサマリー

出生数が高齢者のヘルスケア利用に与える影響についての検証

執筆者 謝 明佳(ティルブルフ大学経済研究センター)/殷 婷(研究員(特任))/張 億(中央金融経済大学中国人的資本・労働市場調査センター)/小塩 隆士(一橋大学経済研究所)
研究プロジェクト グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・インテリジェンス・プロジェクト(国際秩序の変容と日本の中長期的競争力に関する研究)」

1.背景

中国で1組の夫婦に3人目の出産を認める改正人口・計画出産法(注1)が2021年8月に全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で可決され、同日施行された。政府は新政策と併せて出産、養育及び教育コストを引き下げ、税制面と住宅面での支援を強化し、働く女性の法的権利などを保証する方針も示した。今回の出産政策改革は2015年の産児制限をさらに緩和させたものである。

徐々に緩和された出産奨励政策は、新生児を増やすだけでなく、出産を奨励することを通じて両親の生活の質や福祉などに影響を与える可能性がある。その一つはヘルスケア利用及びその関連支出である。長期的に見ると、出産は親にとって負担であり、投資でもある。より多くの子供を産むことは、子供により多くの時間とお金を投入しなければならないことに加えて、これらが両親のヘルスケア利用に長期的な影響を与える恐れもある。例えば、より高い子供の養育コストは親の健康面への投資を削減占拠することで親の健康状態、ヘルスケア利用及びその支出に影響を与える。同時に、子供をもつことは正のリターンをもたらす投資と見なすことができる。つまり、親(特に家庭観念の強い親)は、子供から精神的なサポートをもらえるだけではなく、子供から直接な金銭的・非金銭的な援助を得ることでより多くの必要なヘルスケア利用が可能となる。特に年を取った親にとってはこのような助けや援助はもっとも重要になってくるかもしれない。特に、社会保障制度がまだ十分整備されていない発展途上国においては、子供の世話や子供からの援助は親の生活の質を確保する重要な手段となる。出生数が両親の長期的なヘルスケア利用及びその支出に及ぼす影響は理論上まだ明らかになっていない。こうした問題意識に基づき、実証研究を行う。

2.本稿の趣旨、結果及び政策インプリケーション

本稿では、出生数が中国農村部の親(45歳から85歳)のヘルスケア利用に与える因果効果について検証した。親の意思決定、健康状態、経済力及び選好などが子供数に影響を与えると考えられる。これらの要因を制御せずに、単純に子供の多い家庭と子供の少ない家庭を直接に比較すると、子供の数がヘルスケア利用に与える因果関係を誤って推定することになる。この問題を解決するために、私たちは「1.5子政策」(注2)を実施した農村部における出産行動の内生性を考慮しながら操作変数法を用いて分析を行った。

表1の推定結果によると、親はより多くの子供を持つほど、より多くのヘルスケア(フォーマル及びインフォーマル)とより多くの自己負担による医療費支出につながることが分かった。具体的には、子供の数が1人増えると、親が1年以内に外来治療を受ける確率と診察回数は平均して3%と0.1回増加する。親の1年以内の入院治療の確率と入院日数も平均して2%と0.05日増加することが分かった。外来診療と入院治療以外に、親の自己療法(薬局で薬品や保健品の購入も含む)の確率も高まることも分かった。ヘルスケア利用の増加に応じて増加したのは医療費の支出である。子供の数が1人増えると、自己負担による外来治療費の支出は平均で18%増加し、自己負担による自己療法費用も平均6%増加することが分かった。

また、メカニズム及び異質性分析の結果を表2でまとめた。メカニズムを検証した結果、子供数の増加は主に二つのチャンネルを通じて親の老後のヘルスケア利用を増加させることが明らかになった。一つ目は、直接に親の心身の健康を悪化させ、ヘルスケア利用増に繋がるチャンネルである。親が自己報告した主観的な健康、メンタルヘルスおよび慢性疾患の発生率はいずれも子供数の増加に伴って悪化することが分かった。二つ目のチャンネルは、子供の数が増えることにより、親は子供からの援助を得てより多くのヘルスケア利用を行うことができるというものである。ここでの援助には、金銭的な移転(例えば、子供が両親のために医薬費を負担する)だけでなく、非金銭的な援助(例えば、日常的なコミュニケーションケア)も含まれている。親の増加した医療支出は、子供から親への金銭的な移転によって一部カバーされる可能性がある。

全体的には子供数の増加は親の老後のヘルスケア利用増に繋がるが、異なるグループに分けて異質性分析を行った結果、異なるグループの間で増加幅は異なることが分かった。まず、子供の数が増えると、母親は外来治療を増やし、父親は入院治療を増やす傾向がある。また、より多くの子供を持つことによるヘルスケアコストの増加や健康の悪化は主に教育水準の低い親の間に見られた。このような傾向は教育水準の高い親の間には見られない。さらに、1955年以前とその後に生まれた親を比較すると、より若い親のヘルスケア利用ほど子供数の影響をより受けていることが分かった。しかし、子供数は依然として高齢の親の自己療法費用を増加させることから、子供の数が親のヘルスケア利用に与える影響は長期的であることが示唆される。

私たちの研究によると、出産奨励政策は親のヘルスケア利用に長期的な影響を及ぼすことが明らかになった。出産を奨励することは新生児を増やす可能性がある一方、親の老後のヘルスケア利用とその医療費支出を増加させ、社会保障の支出を増加させることになる。出生数のヘルスケア利用への効果が見落とされると、出生奨励政策の真のコストが過小評価されることが示唆された。また、社会経済的地位によるサブサンプル分析によって、これらの政策はさらに健康格差を広げる懸念があることも示された。そのため、出産奨励政策の実施と同時に、介護・子育てに関する社会保障制度改革は、切り離さず一体的に推進していく必要がある。

表1 ヘルスケア利用の変化状況(増加)
表1 ヘルスケア利用の変化状況(増加)
1 自己負担額の変化の単位は%である。例えば、子供1人が増えると、外来診療費の自己負担額は平均で18.1%増加する。
表2 メカニズム及び異質性の結果
表2 メカニズム及び異質性の結果
脚注
  1. ^ 中国は2002年には「人口・計画出産法」が公布され、1組の夫婦が一人の子どもを持つことを提唱した。2015年の第一回改正では、政府が1組の夫婦が2人の子供を産むことができると提唱した。
  2. ^ 1984年以降、農村部では1人目が女子だったら数年の間隔をおいてもう1人生むことがで きるという「1.5人政策」のことを指す