ノンテクニカルサマリー

最低賃金における空間的格差と若年層のジョブサーチ

執筆者 浜口 伸明(ファカルティフェロー)/近藤 恵介(上席研究員)
研究プロジェクト アフターコロナの地域経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アフターコロナの地域経済政策」プロジェクト

問題意識

東京一極集中に関連して、最低賃金の地域間格差が労働者の地域間移動に影響を与えていると提議されることがあるが、この因果関係を検証した実証研究が行われていないことが指摘されている(厚生労働省, 2021)。本研究では、最低賃金の影響を受けやすい若年層である高校卒業予定者の就職希望先の選択において、最低賃金の都道府県格差が県外就職希望の選択にどの程度影響を与えているのかを統計分析により明らかにする。

分析手法

本研究では、最低賃金の格差が地方から都市への人口流出をもたらすのかという因果関係を解明するため、Shift-Shareアプローチに基づく分析を提案する。Shift-Shareアプローチは、Exposureデザインとも呼ばれ、暴露量をShift要因とShare要因の合成変数として定義する。

本分析において、Shift要因とは居住する都道府県と就職希望先の都道府県との最低賃金の空間的な格差を表し、Share要因とは就職希望の都道府県の選択確率を表す。つまり、最低賃金の暴露量を測る説明変数は、Shift要因とShare要因による加重和として計算される。このShift-Shareの関係から構成される説明変数を用いて、地方の新卒高校生が最低賃金の内外格差にさらされたときに、県内就職よりも県外就職をより希望するようになる感応度を推定する。

因果効果を識別するためには、内生性に対処する必要がある。まず、最低賃金との交絡因子を制御するため、労働市場に関係するコントロール変数を含めた推定を行う。また各都道府県における直接観測できない時間を通じて一定の交絡因子を制御するため固定効果モデルを採用する。さらに、就業地選択における意思決定の内生性をコントロールするため操作変数法を用いる。

データ

新卒高校生の就職に関するデータとして、文部科学省「高等学校卒業(予定)者の就職(内定)状況調査」を利用している。本調査は、全数調査であり、高校生の就職希望者のうち、県内・県外別に就職希望を把握することができる。この県外・県内就職希望者の相対比(対数値)を従属変数として用いる。また、最低賃金に関するデータは厚生労働省より公開されている。都道府県間の最低賃金の階差がShift要因となる。次に、Share要因は、文部科学省「学校基本調査」で公表されている就職による地域間移動のデータを用いる。すなわちある県の高校生が就業地を選択する際に、前年度の同県の卒業生がたくさん就職した都道府県で最低賃金が上がれば、よりそこに就職したいという希望が増えるという仮定をおいて、Shift-Shareアプローチに基づく説明変数を作成する。

分析結果

図1は都道府県間の最低賃金の階差と県外就職希望率の間の単純な相関関係を分析したOLSによる回帰分析の推定結果、図2が上記のShift要因とShare要因を考慮した説明変数とコントロール変数を含めた固定効果モデルに操作変数を用いた推定結果を示している。塗りつぶした丸マーカーは統計的に有意な推定値を、白丸は有意でない推定値であることを表している。図1と図2を比較すると、内生性をコントロールすることで、統計的な有意性や量的な大きさが変化している。2007年最低賃金法改正により地方と都市の間の最低賃金格差はより広がったが、図2の結果からもその移行期において県外就職を希望するような反応があったことが示唆される。

図1 OLSによる推定結果
図1 OLSによる推定結果
注)丸マーカーは点推定値を示している。ラインは95%信頼区間を示している。論文のFigure 8を参照。
図2 固定効果モデルの操作変数法による推定結果
図2 固定効果モデルの操作変数法による推定結果
注)丸マーカーは点推定値を示している。ラインは95%信頼区間を示している。論文のFigure 10を参照。

議論

因果効果の識別を意図した本研究の分析結果から、最低賃金の格差の影響は統計的に有意であると考えられるが、その影響度は単純な相関関係でみられるより小さかったことが明らかになった。最低賃金は大都市ほど高くなっているが、大都市には同時に人々を引き付ける様々な要因が存在するため、単純な相関分析に基づくと都道府県間の最低賃金格差の影響を過大評価してしまう。

全国一律の最低賃金制度の導入に関する政策が議論されているが、最低賃金を東京一極集中を是正するための人口政策として議論する際には注意が必要であることを本研究結果は示唆している。最低賃金の格差のみが地方から都市への人口流出をもたらしているわけではないため、全国一律の最低賃金を導入しても地方から都市への人口流出の食い止めに十分な効果があるとは限らない。また、地方において東京都と同等の最低賃金が導入された場合に求人が減少してしまうようであれば、さらに地方からの若年層の人口流出につながりかねない。ただし、本研究には限界もあり、都市から地方への人口移動については分析できていない。例えば、全国一律の最低賃金が導入された場合に、東京都の若年層が地方へ移動する誘因を持つのかどうかは本研究から検証できていない。

近年、政策立案におけるエビデンスの重要性が指摘されている。ただし、単純な相関分析のみでは背後にある因果効果を誤って解釈してしまう可能性があることが本研究からも明らかなように、エビデンスの形成にはデータの間の因果関係をより正確に識別しようとする姿勢が必要である。今後、リモートワークやデジタル・トランスフォーメーション(DX)を取り入れて働き方や居住地・勤務地の選択が多様化してゆくことが予想される中で、日本社会にとって最適な最低賃金制度に向けてエビデンスを積み上げていくことが重要である。

参考文献
  • 厚生労働省 (2021)「参考資料3 最低賃金に関する先行研究・統計データ等の整理」、厚生労働省 令和3年度中央最低賃金審議会目安に関する小委員会(第1回)資料、令和3年6月22日開催、https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000795394.pdf(2022年2月15日確認)