ノンテクニカルサマリー

WTO上級委員会に対する米国からの批判―TBT協定「正当な規制の区別」の再検討―

執筆者 内記 香子(名古屋大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

本稿は、2020年2月に米国通商代表部(USTR)が公表した「WTO上級委員会に関する報告書(Report on the Appellate Body of the World Trade Organization)」の中の「上級委員会によるTBT協定及びGATTの無差別原則の解釈」の部分を取り上げ、米国による上級委員会への批判の妥当性を評価することを目的としている。WTO上級委員会は、委員の選任にあたり米国の拒否権によって、2019年12月よりその機能が停止してしまっている。米国は、上級委員会のWTO協定解釈が「行き過ぎ」と批判してきた。本稿が取り上げた「無差別原則」の部分はUSTRの報告書の一部であるが、米国による「行き過ぎ」批判は妥当なのか、検討した。

本USTR報告書で米国は下記の図の①~⑤の主張をしているが、TBT協定2.1条とGATT3条・20条の射程をめぐる主張(①~④)については、妥当性はないと思われる。他方、主張⑤COOL(米国・原産国名表示)事件に関するTBT協定2.1条の判断に対する米国の主張は、個別案件における上級委員会の判断の誤りに対するクレームという側面を越えていて興味深い。

図

それはすなわち、上級委員会がTBT協定2.1条に導入した「正当な規制の区別(legitimate regulatory distinction)」の意味について再考し、(GATTとは異なる)TBT協定の存在意義(2.2条:正当な目的の達成のために必要である以上に貿易制限的であってはならない義務)について再認識する機会となっている。TBT協定2.1条に「正当な規制の区別」が導入されてから、TBT紛争の中心は「正当な規制の区別」になる傾向があり、他方、難解な2.2条には焦点が当たることがなくなってしまった。「正当な規制の区別」をめぐる紛争は、いわゆるGATT3条・20条紛争と同じであり、そうした傾向は、TBT協定の本来の存在意義を失わせているのではないか、という点を忘れてはならない。