ノンテクニカルサマリー

ものづくり補助金の効果分析:事業実施場所と申請類型を考慮した分析

執筆者 橋本 由紀 (研究員(政策エコノミスト))/平沢 俊彦 (東京大学)
研究プロジェクト 総合的EBPM研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「総合的EBPM研究」プロジェクト

本研究では、「ものづくり補助金」事業に申請した製造業事業者のサンプルを用いて、同補助金受給の効果を検討する。中小企業庁が実施するものづくり補助金の効果は、関沢・牧岡・山口(2020)が、回帰不連続デザイン(RDD)分析とメタ分析を用いて、2012年度と2013年度事業の効果を推定しているが、本研究では、2013年度事業について、マッチング分析と差の差(DID)分析によって同補助金の効果を推計する。分析にあたっては、補助金受給事業所が、補助金事業が実施されなかった事業所に及ぼす影響(スピルオーバー効果)を考慮しつつ、事業者を申請の類型で分類した推計も行う。

ものづくり補助金は、補正予算で実施される中小事業者向けの補助事業として、2012年度から実施されている。本研究が分析対象とする2013年度事業では、成長分野への参入など、革新的な取り組みにチャレンジする中小企業・小規模事業者への試作品・新サービス開発、設備開発等の支援が目的とされた。また、2013年当時の補助対象事業には、「ものづくり技術」「革新的サービス」の2類型があり、各類型の中で、「成長分野型」、「一般型」、「小規模事業者型」に分けられていた。

分析には、全国中小企業団体中央会から提供を受けた「申請事業者リスト」と「工業統計調査」(2009-2016年)を接合したデータを用いる。「工業統計調査」を利用することで、分析対象は製造業事業者に限定される。2013年度は、応募申請書類に補助金に採択された場合の補助事業の実施場所を明記する必要があったため、申請事業者リストから実施場所(採択された場合に補助金が投入される事業所)を特定することができる。そこで、各企業の補助事業実施場所の住所と、工業統計調査(名簿情報)の事業所住所のマッチングによって実施事業所を特定し、「実施ダミー」を作成して分析に利用した。これは、複数事業所をもつ企業について、補助金受給事業所が補助金事業が実施されなかった事業所に及ぼす間接的な影響(スピルオーバー効果)を取り除く意図がある。

マッチング分析では、出荷額、付加価値額、一人当たり付加価値額、一人当たり給与額の変化率をアウトカムとした。推定の結果、一人当たり付加価値額以外の指標では、2015年以降のアウトカム変数に、受給事業者と非受給事業者の間で統計的に正の有意差が観察された。

DID分析では、生産額、出荷額、付加価値額、給与額(それぞれ総額と一人当たり)をアウトカム変数とし、補助金への受給の効果を推定した(下図参照)。その結果、補助金受給事業者の総生産額、総出荷額、現金給与総額に、統計的に正で有意な差(0.8-3.4%のアウトカムの高まり)がみられた。一人当たりの指標では、給与額のみが有意だった。その一方で、生産性の指標として重視される付加価値額については、総額も一人当たり指標も、補助金受給事業者と非受給事業者の間で、統計的な有意差は認められなかった。

分析から明らかになった総額と一人当たりアウトカムの結果の対照性は、採択事業者ほど補助金受給後に従業員数を増やし、一人当たり指標が高まらなかったことを反映している。受給事業者では、ものづくり補助金で設備投資を行い、生じた余剰資金で従業員を雇ったものの、期待されたようには労働生産性が高まらなかった様子がうかがえる。また、補助金の受給が一人当たり付加価値額(労働生産性)を高める効果を生まなかった一方で、受給後に一人当たり給与額や現金給与総額が上昇していた事実は、補助金事業前後(2013年前後)の労働需給のひっ迫を背景に、補助金受給事業者において労働分配率が上昇していたことを反映している可能性がある。

受給事業者を補助金の類型や用途別に分類した分析では、マッチング分析とDID分析のいずれの手法を用いた場合でも、補助金受給事業者と非受給事業者のアウトカムの間に、統計的な有意差はおおむね認められなかった。

ただし、本研究は、製造業以外の事業者は分析していないこと、2012年度事業にも採択されたリピーター事業者の影響に対処できていないこと、金融機関からの融資など他の資金調達手段をコントロールできていないことなどの限界があり、ものづくり補助金事業全体の評価にはさらなる分析が求められる。特に、2013年度事業では、対象類型の「革新的サービス」、事業類型の「成長分野型」といった、補助金額の大きな分類に申請した事業者の多くは非製造業事業者であり、製造業事業者とは補助金の効果が異なる可能性がありうる。小規模な非製造業事業者への効果をみる分析は、残された重要な課題である。

図 推定結果(DID)
注:***は1%水準、**は5%水準、*は10%水準で有意であることを示す。