ノンテクニカルサマリー

働き方改革の広がりと実効性

執筆者 高橋 孝平 (早稲田大学)/有田 賢太郎 (みずほリサーチ&テクノロジーズ)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)/風間 春香 (みずほリサーチ&テクノロジーズ)/児玉 直美 (リサーチアソシエイト)/酒井 才介 (みずほリサーチ&テクノロジーズ)/竹内 誠也 (みずほリサーチ&テクノロジーズ)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と雇用システムの変容
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と雇用システムの変容」プロジェクト

日本の生産年齢人口の割合は1990年代をピークに下降、2065年には51.4%まで落ち込むと試算されている(厚生労働省)。また、働くニーズも多様化している。約5割の女性が出産・育児により退職しており、その退職者の25.2%が仕事と育児の両立の難しさを理由に挙げている。このような危機的現状を打破すべく、政府は、「働き方改革関連法(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律)」を、2018年7月に公布、2019年4月に施行した。働き方改革関連法は、「労働基準法70 年の歴史の中で歴史的な大改革(2017年「働き方改革実行計画」)」ともいわれ、主な内容は、①長時間労働の是正、②多様で柔軟な働き方の実現、③雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保と多岐に亘る。DPでは、これらの働き方改革施策が企業の生産性にどのような影響を与えたか、どの程度長時間労働是正や離職率低下に寄与したかを分析した。

働き方改革が企業業績に与えるメカニズムとして、(1)無駄の排除や新技術活用により業務プロセスが効率化され生産性があがる、(2)長時間労働是正により集中力、意欲、活力が向上する、(3)多様な働き方が労働参加の裾野を広げ、労働供給制約を緩和する、の3つが主に想定されるが、短期的には、負の影響が出ることもあり得る。例えば、労働時間削減で売上が減少したり、ワークライフバランス、IT活用、業務効率化にかかる初期コストによって利益、生産性が減少したりする可能性も考えられる。本研究では、都市銀行の顧客企業を対象に行った独自のアンケート調査に東京商工リサーチデータ、企業活動基本調査データを組み合わせ、大企業だけでなく中小、中堅企業も含まれたデータセットを構築し、施策導入時期の情報を使って働き方改革の効果を検証した。

図1は、今般の働き方改革の一丁目一番地である長時間労働是正に関して、しばしば最初に導入される「有給・残業管理施策」と、多様で柔軟な働き方を支える「IT活用施策」の浸透度の時系列変化を見たものである。2016年頃から全体的に働き方改革施策を導入する企業が増加し、2018年には導入割合増加幅が加速している。この傾向は大企業にとどまらず、中小企業でも観察された。2018年は「働き方改革関連法」が成立した年であり、企業による働き方改革が加速した年であった。

図1. 働き方改革の浸透度
図1. 働き方改革の浸透度
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分析では、残業時間、離職率、ROA、労働生産性、付加価値といった指標に対して、企業固定効果モデル、ダイナミックパネルデータモデルを使って効果を分析した。しかし、確実に効果があったといえるほど頑健な関係性を確認できたものは数少ない。多くの企業において、2018年までの働き方改革の影響、特に企業価値や従業員厚生に対する影響は限定的であったといわざるを得ない。

ここでは、特に、働き方改革10施策グループと企業業績の関連性に関する検証結果を紹介する(注1)。図2は、企業固定効果をコントロールしたモデルの推計結果である。「業務選別施策」、「追加雇用施策」には労働生産性を押し上げる効果、「人事制度見直し施策」に労働生産性を押し下げる効果があった。中でも、「業務選別施策」は、労働生産性だけでなく、ROAにもポジティブに効いており、施策実施から効果が現れるまでのタイムラグが長い2期ラグモデルでも労働生産性と正の相関がみられた。更に、業務選別施策の内訳に踏み込み、「アウトソーシング増加」「受注業務選別」の2つの施策に分解し再推定を行ったところ、受注業務選別のみがROA、労働生産性の両方と有意に正の相関を持つことが確認された。外に出す業務の選別よりも、外から中に入ってくる業務を絞ることが企業業績の向上につながっていたことになる 。

他方、「追加雇用施策」や「人事制度見直し施策」の生産性効果は、ROAやダイナミックパネルでは同様な結果が確認できず、生産性向上が見込める企業では雇用が増えるという逆の因果が働き、非正規の正規化という人事制度見直しを行った企業では正規従業員数が増え見かけ上労働生産性が下がっているに過ぎないと推察できる。

また、「働く環境見直し施策」は固定効果モデルでは効果は全く検出できなかったが、ダイナミックパネルデータモデルでは、付加価値と一人当たり売上高への正の効果が確認できた。恐らく、平均としては「働く環境見直し施策」の効果はないものの、経営トップビジョンの提示が健康経営・労使の定期的対話・オフィス環境の改善につながった(合成指標の時系列相関が高い)一部グループにおいて生産性向上につながったということなのかもしれない。

図2. 働き方改革関連施策の労働生産性への影響
図2. 働き方改革関連施策の労働生産性への影響
(注)***,**,*はそれぞれ統計的に1%、5%、10%水準で有意であることを示す。ここでの労働生産性は、一人当たり売上高。

最後に、くるみん等の認証制度の効果は全く検出できなかったが、女性が多い第三次産業では、柔軟な出退勤施が残業削減と一人当たり売上増加につながったことは、一部WLB施策の実効可能性を示唆しているのかもしれない。

今後、新型コロナウイルス感染症を機に進んだ働き方改革が企業、労働者ともにメリットが感じられるような改革に繋がることを期待したい。

脚注
  1. ^ 10の施策グループは、①有給・残業管理施策、②柔軟な出退勤施策、③柔軟な勤務制度施策、④テレワーク施策、⑤業務選別施策、⑥追加雇用施策、⑦業務効率化施策、⑧IT活用施策、⑨人事制度見直し施策、⑩働く環境見直し施策である。詳しい内容はディスカッション・ペーパー参照のこと。