ノンテクニカルサマリー

多国籍企業と経済の構造変化

執筆者 Vanessa ALVIAREZ(UBC Sauder)/CHEN Cheng(Clemson University)/Nitya PANDALAI-NAYAR(University of Texas at Austin / NBER)/Liliana VARELA(LSE / CEPR)/YI Kei-Mu(University of Houston / Federal Reserve Bank of Dallas / NBER)/張 紅詠(上席研究員)
研究プロジェクト グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル・サプライチェーンの危機と課題に関する実証研究」プロジェクト

問題意識

多くの国では経済発展に伴って、農業の雇用のシェアが低下し、サービス業の雇用のシェアが拡大していると同時に、製造業の雇用のシェアが最初に上昇し、その後低下するというhump pattern(背こぶの形)となっている。こうした経済の構造変化を説明する理論として、閉鎖経済におけるBaumol効果(製造業の生産性上昇と雇用縮小が共存する状況)などがある。最近の理論・実証研究は国際的なリンケージの役割に注目し、先進国における製造業雇用の減少と国際貿易または多国籍企業との関係を分析している。しかし、構造変化における多国籍企業と国際貿易両方の役割を考慮した包括的な理論・実証研究はなく、構造変化の経験が異なる国々の間のリンケージを分析した研究もない。

多国籍企業(親会社と海外子会社)は世界経済におけるプレゼンスが非常に高い。親会社と海外子会社が世界輸出の5割、世界GDPの1/3、世界雇用の1/4も占めている。海外子会社が世界生産の12%を占めている。

多国籍企業(親会社と海外子会社)が母国とホスト国の構造変化においてどのような役割を果たしているのか?本研究では、海外生産と国際貿易を考慮した2国3部門の一般均衡モデルを構築し、ホスト国における海外直接投資(FDI)自由化が対内FDIと現地生産のコストを低下させ、ホスト国の製造業雇用のシェアを上昇させ、母国の製造業雇用のシェアを低下させることを示す。モデルのインプリケーションは途上国と先進国における構造変化に一致している。そのインプリケーションをテストするため、中国におけるFDI自由化が日本の多国籍企業の親会社と現地法人の雇用に与える影響について差の差(difference-in-differences, DID)分析を行った。さらに、発展段階の異なる5ヵ国(米国、フランス、ハンガリー、日本と中国)の企業・事業所レベルのミクロデータを用いて多国籍企業の製造業雇用の変化における役割についてaccounting decomposition(寄与度分解)分析を行った。

実証分析の結果

中国は2001年12月にWTO(世界貿易機関)に加盟し、2002年にWTO加盟の公約に従って対内FDI自由化を行った。具体的には、中国商務部が「外商投資産業指導目録」(以下「目録」)を改訂し、製造業産業別外国資本の参入制限の緩和、事業の許認可を行った。1997年の「目録」に比べて2002年の「目録」ではより多くの産業が奨励されるようになった。日本企業にとって中国の外資政策の変化は予期せぬ、外生的なショックである。本研究は、中国国家統計局規模以上工業統計の企業データと経済産業省「企業活動基本調査」「海外事業活動基本調査」の調査票情報を用いてその外資政策の変化の前後で奨励された産業と奨励されなかった産業を比較する、差の差分析を行った。

図1は1999年から2007年までの中国現地法人の雇用者数について差の差分析の推定値を図示したものである。ドットは外資が奨励されたかどうか示す産業ダミーと年ダミーの交差項の係数の推定値である。点線は95%信頼区間を表す。2002年の政策変化前、外資が奨励された産業と奨励されなかった産業は同じ傾向があり、両者間に大きな差はないことが分かる。しかし、2002年政策変化後、外資が奨励されなかった産業に比べて、奨励された産業の現地法人の雇用者数は約20%増加していたことが分かる。同様に、図2は1999年から2007年までの日本親会社の製造部門の雇用者数が親会社の総雇用者数に占める割合について差の差分析の推定値を図示したものである。この図からは、製造部門の雇用のシェアが約3.1%ポイント縮小していたことも分かる。それに対して、親会社の研究開発部門と国際事業部門の雇用のシェアが拡大していたことも明らかになった(論文参照)。

図1.中国現地法人の雇用者数
図1.中国現地法人の雇用者数
図2.日本親会社の製造部門の雇用のシェア
図2.日本親会社の製造部門の雇用のシェア

最後に、本研究は発展段階が異なる5ヵ国、そのうち、2つのホスト国(ハンガリーと中国)と3つの母国(米国、フランス、日本)の企業・事業所レベルのミクロデータを用いてaccounting decomposition(寄与度分解)分析を行った。具体的には、製造部門の雇用者数が総雇用者数に占めるシェアの変化を多国籍企業による寄与度と非多国籍企業による寄与度に分解する。さらに、多国籍企業(途上国における子会社と先進国における親会社)による寄与度を継続、参入、退出それぞれの寄与度に分解する。Accounting decomposition分析の結果は、多国籍企業(親会社と海外子会社)が各国の構造変化、つまり、製造業雇用シェアの変化の大きな部分を説明できることが明らかになった。その効果は、特に、1990年代のハンガリー、フランスと日本、1990-2000年代の米国、2000年代の中国ではより顕著だった。