ノンテクニカルサマリー

失業を考慮した内生的経済成長モデルにおける資産課税政策の研究

執筆者 平口 良司 (明治大学)
研究プロジェクト 人口減少社会における経済成長・景気変動
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人口減少社会における経済成長・景気変動」プロジェクト

日本における経済成長率の長期的な低下傾向については、よく知られているところである。下の図は、経済成長率の5年間平均の推移を、日本とOECD平均についてみたものである。2010年からの5年間を除き、日本の経済成長率はOECD諸国の平均を下回り続けていることが分かる。なおこの経済成長率は1人当たりGDPで測っており、人口減という日本特有の問題を取り除いたとしてもなお、日本の経済停滞は深刻であることが分かる。

日本だけでなく先進国全体でみても、以前に比べ経済成長の度合いは下がったといわれていて、この現象は「長期停滞」として近年活発な研究がなされている。長期停滞の原因としてはさまざまなことが経済学者によって指摘されている。例えば、東京大学の福田慎一教授は、1990年代の資産価格バブル崩壊の後遺症や、高齢化の進行などを日本の長期停滞の要因として挙げている。一方、ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授とアナ・スタンズビュリー氏は、労使交渉などにおいて労働者の持つ力(bargaining power)が落ちてきており、この交渉力の低下が経済の停滞を呼んでいるという仮説をたて、論文(The Declining Worker Power Hypothesis: An explanation for the recent evolution of the American economy)においてその実証分析を行っている。労働者の交渉力は測定が難しく、日本において本当にその力が落ちているかは現時点ではなかなかはっきりしない。しかしながら、その交渉力に強い影響を与えているであろう労働組合の組織率は実際低下傾向にある。また、労働分配率が低下傾向にあるのも事実である。

私は、サマーズ教授らのいう労働者の交渉力の低下が経済の停滞を招くのかについて、経済理論的立場から検証を行った。まず、イノベーションによる創造的破壊を描写したシュンペーター的経済成長モデルに雇用や給与の決定に関する労使交渉の過程を組み込み、労働者の交渉力が落ちた時に経済成長がどうなるのかを考察した。通常のマクロ経済モデルにおいて、労働者の交渉力低下は、企業の利潤を増やし、結果として総生産を増やすことが多い。私の構築した経済モデルにおいても、労働者の交渉力が落ちると賃金が落ち、企業側が生産をしやすくなり、市場へ参入する企業は確かに増える。しかし、私が発見したことは、そういった企業の行動変化により、技術革新に向かう人的・物的資源が相対的に少なくなり、全体として生産性、そして成長率が下がってしまうということである。

次に私は、労働者の交渉力が低下し、結果経済成長率が落ちているような状況において、税制、具体的には資産課税の持つ役割について分析した。私の考察している経済モデルにおいて、資産とは企業の発行する株式を指す。つまりこの場合、資産課税は株式保有への課税と考えることができる。私は、正の資産課税が、企業の「過剰」な市場参入を食い止め、イノベーションにより多くの資源が割かれることとなり、結果として経済成長率や雇用率、そして(物質的な豊かさの度合いを測る指標である)社会厚生を増やすことを示した。課税というと資産課税より労働所得の課税の方がより分析対象として一般的である。しかしながら、私の分析においては、労働所得への課税あるいは補助は、労働者の意思決定にゆがみをもたらしてしまい、社会厚生の面では資産課税の方がより好ましいことも分かった。

日本において、税制の政策分析は、所得あるいは消費課税がメインであり、資産課税は分析対象として脇役であるといえる。また、政策を通した経済活性化という観点では、税金をどうかけるというより、どこにどのように「補助」をするかという分析が主であったといえよう。停滞が続く日本において、単なる格差是正という観点を超えて、経済活性化の面からも資産への課税を検討することが必要ではないであろうかと筆者は考える。

経済成長率の推移