ノンテクニカルサマリー

新興市場におけるIPO企業の市場変更―東京証券取引所を対象とした実証分析―

執筆者 本庄 裕司 (ファカルティフェロー)/栗原 仰基 (中央大学)
研究プロジェクト アントレプレヌール・エコシステムの形成
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「アントレプレヌール・エコシステムの形成」プロジェクト

昇格システムは、上位および下位の層で構成されており、サッカー、相撲など、しばしばスポーツ分野で採用されている。昇格システムでは、プレイヤーやチームが上位に昇格するインセンティブをもたせて、とりわけ下位の層からはじめる若いプレイヤーやチームに成長の機会を与える。その一方で、昇格システムは、成長できないプレイヤーやチームに引導を渡す。ただし、こうしたシステムは、プレイヤーやチームへの成長を喚起し、組織全体の活性化に役立つと考えられる。

本稿は、東京証券取引所(以下、「東証」)の新興企業向け株式市場(以下、「新興市場」)、「マザーズ」と「ジャスダック」に新規株式公開、すなわち IPO (initial public offering) を行った企業(以下、「IPO企業」)を対象に、本則市場(東証1部、2部)への市場変更を分析する。東証は、(1) 異なる誕生の歴史をもちながら結果的に2つの新興市場が存在する(2020年1月現在)、(2) IPOから10年以内に本則市場(東証1部、2部)への市場変更を促す「10年ルール」がマザーズだけに適用されている、といった特徴を有する。1つの証券取引所内に制度の適用で異なる2つの新興市場(マザーズ、ジャスダック)をもつ東証に注目し、市場変更の決定要因を明らかにする。

実証分析では、1999年11月から2019年12月までにマザーズおよびジャスダック(ジャスダックの場合、2004年12月から)でIPOをはたした943社をサンプルとする。2020年1月までに、全体の約40%が東証の新興市場から本則市場に市場変更しており、マザーズから本則市場への市場変更はメジアンで32か月、ジャスダックから本則市場への市場変更はメジアンで30か月であった。他方、全体の10%以上が株式非公開となり新興市場から退出している。

新興市場のIPO企業の事業パフォーマンスについて、営業利益・総資産比率、営業キャッシュフロー・総資産比率はIPO前より低下する一方、財務キャッシュフロー・総資産比率はIPO前より上昇する傾向を示している。IPO企業は、新興市場でのIPOを通じて資金を調達する一方、先行研究と同様に、IPO後に利益率を改善していない。

このサンプルをもとに、新興市場から本則市場への市場変更の要因を検証する。推定結果から、まず、若い企業や研究開発型企業は、新興市場にとどまりやすく、本則市場に市場変更しにくいことを示した。このことから、新興市場では若い研究開発型企業が必ずしも成長しないことが示唆される。ただし、こうした企業は、必ずしも本則市場への市場変更を必要としておらず、その点を含めた議論の余地は残る。

つぎに、マザーズへの10年ルールの効果を検証するために、10年ルールを導入しているマザーズと導入していないジャスダック、また、10年ルールを公表した2011年3月以降とそれ以前とをそれぞれ区分して、本則市場への市場変更への効果を検証する。図で示すように、マザーズのIPO企業のほうが本則市場に市場変更しやすい。また、新興市場のIPO企業は10年ルールの公表後に市場変更しやすい。しかし、10年ルールの公表以前の2008年にグローバル金融危機が発生し、実際に日本の新興市場でIPOが激減した。したがって、これらの結果だけで10年ルールの導入がIPO企業の市場変更を促進したと断定できない。そこで、マザーズおよび10年ルールをあらわす変数(ダミー)の交差項を用いて、10年ルールを導入したマザーズのIPO企業がジャスダックと比較して10年ルールの公表後に市場変更しやすいかを検証する。推定結果では、交差項に有意な結果が得られなかったが、サンプルを2011年2月以前に限定した場合、交差項は正で有意となった。10年ルールの公表前にIPOをはたした企業に限定すれば、マザーズへの10年ルールの導入が市場変更を促す効果がみられている。

さらに、BHAR (buy-and-hold abnormal return) を用いて、本則市場へ市場変更した企業の株価パフォーマンスを検証する。分析結果から、TOPIX (Tokyo Stock Price Index) をベンチマークにした場合、本則市場へ市場変更した企業はいずれも高い株価パフォーマンスを示した。加えて、本則市場へ市場変更した企業が、新興市場を経由する効果を検証するために、新興市場を経由せずに直接本則市場でIPOをはたした企業の株価にもとづく新たなインデックスを作成し、あらためてBHARを求める。分析結果から、短期で十分に有意な結果が得られない一方で、24か月後、36か月後に、興市場を経由して本則市場へ市場変更した企業のほうが高い株価パフォーマンスを示した。このことから、新興市場は、その後の本則市場への市場変更を通じて、将来的に高く評価される企業の育成の役割をはたすと示唆される。

2022年4月、東証は市場区分の見直しに取り組む。マザーズやジャスダックの新興市場に代わって誕生する「グロース」には、株式市場でのIPOを契機に急成長する企業を育成する役割を期待したい。

図 本則市場への市場変更の累積ハザード(マザーズ vs. ジャスダック)
図 本則市場への市場変更の累積ハザード(マザーズ vs. ジャスダック)