ノンテクニカルサマリー

なぜ低技能移民よりも高技能移民が好まれるのか―サーベイ実験による因果メカニズムの解明

執筆者 五十嵐 彰 (立教大学)/三輪 洋文 (学習院大学)/尾野 嘉邦 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「先端技術と民主主義:技術の進展と人間社会の共生を目指して」プロジェクト

国民の移民に対する態度の研究では、移民と仕事を奪い合うために、自分と同じ技能水準の移民に対してより強い偏見を持つといわれてきた。すなわち、高技能の国民は高技能の移民に対して、低技能の国民は低技能の移民に対してよりネガティブな感情をもつという予測である。しかしながらHainmueller and Hiscox (2010)によるアメリカでの実験では、国民は自分の技能レベルに関わりなく、高技能の移民を好むことが示された。以降ヨーロッパや日本を含むアジア諸国で同じような傾向が観察され、高技能移民が好まれることは一般的な傾向となりつつある(Helbling and Kriesi 2014; Kage, Tanaka, and Rosenbluth 2018)。

しかしながら、高技能移民が好まれる理由について、先行研究は未だ明らかにしていない。多くの研究は高技能移民が好まれる理論的な可能性を述べるにとどまっている。実際にメカニズムを検討しようとした論文も少ないながら存在するものの、直接的にメカニズムの検証を行っているものは見当たらない(e.g., Helbling and Kriesi 2014)。またこれらはあくまで観察データに基づいたものであるが、そこから因果メカニズムを検証することは困難である。本研究では、Acharya, Blackwell, and Sen (2018)によって提唱されたサーベイ実験の手法を使い、高技能移民が好まれる理由について明らかにすることを目指す。

高技能移民が好まれる理由はおそらく3つ挙げられるだろう。1つは高技能移民がより生産性の高い専門的な職に就くことによって、居住国の経済全体に対して貢献することが考えられる。2つ目は高技能移民であれば居住国の福祉サービスにより依存しないと国民によって思われる可能性である。そして3つ目は高技能移民であればより犯罪に手を染めにくいと認識される可能性である。これらのメカニズムを検討するために、2020年3月に日本の調査会社を通じてオンラインによるサーベイ実験を行った。

回答者を無作為に高技能移民に関するシナリオを読む群と低技能移民に関するシナリオを読む群に分け、これらの移民を受け入れるべきかを尋ねた。高技能群と低技能群をさらにそれぞれ4つに分け、うち3つに追加の情報を与えた。追加情報なし群を比べることで高技能移民と低技能移民に対する受け入れ態度の差が得られる。高技能移民の情報のみを受け取った回答者は、経済、福祉、治安などの観点から高技能移民のメリットを推測して受け入れの是非を決めると考えられる(例えば高技能移民であれば、いい仕事につく、など)。この推測のメカニズムを抑えることがこの実験の主眼となる。

追加情報を与えた3つの群には、移民の技能の情報に加え、それぞれ経済、福祉、治安に関する推測を排除するような情報を与えた。例えば、経済の追加情報を与える高技能群では、その移民が来日後に専門性の低い職につくという情報を与える。これによって、高技能移民は経済的に貢献するだろうという推測の因果パスを除外することになる。この群と、低技能移民が来日後に専門性の低い職につくという情報を与えられた群とを比較して、受け入れ態度の差が追加情報なし群の比較による差より減少していれば、経済的貢献のパスが高技能移民への好意的態度を媒介していると結論づけられる。同様に、福祉に関する群では、その移民に来日後に日本の社会福祉サービスを利用する予定があるという追加情報を、治安に関する群では、その移民が未成年時に軽犯罪を犯したことがあるという追加情報を与えた。

図1に、移民に対する平均処置効果(ATE)と平均制御直接効果(ACDE)、除外効果(EE)を示した。ATEは、メカニズムに関する追加情報が与えられていない場合の高技能移民と低技能移民に対する態度の差を示し、ACDEは各メカニズムを排除する追加情報を与えられた群における高技能移民と低技能移民に対する態度の差を示している。EEはATEとACDEの差である。ここで、経済的な貢献についての情報を与えられた群のみで、高技能移民と低技能移民に対する態度の差が有意に減少し(EE参照)、高技能移民がより好まれるという傾向がなくなっていることがわかる(ACDE参照)。つまり、高技能移民に対する好意的態度は、経済的貢献に対する期待によって完全に説明されるといえる。一方で、図1から、福祉を搾取しない、犯罪に手を染めにくいといった期待によるメカニズムでは、高技能移民に対する選好は説明できないことも同時に示すこととなった。

高技能の移民であれば受け入れたいと考える人が多いが、本研究からは、その背景には日本経済に対する貢献を求める気持ちがあるということが見て取れる。日本においては、外国人に対する偏見や差別が依然として根強いが、外国人が日本経済において担う役割について国民の理解をより進めていけば、こうした偏見の減少にも貢献すると考えられる。

図1
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