ノンテクニカルサマリー

労働時間の短縮によるチーム生産性の向上―大不況からのエビデンス

執筆者 上官 若 (早稲田大学)/Jed DEVARO (カリフォルニア州立大学、イーストベイ)/大湾 秀雄 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と雇用システムの変容
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と雇用システムの変容」プロジェクト

本研究では、ビジネスサイクルの不況期における労働生産性の変化を、特にチーム生産のケースで検証を行った。不況時に企業の製品やサービスに対する需要が低下した際に生じる労働投入量の下方調整には、労働者の解雇と労働時間削減の2つの方法が考えられる。労働力の調整が労働者の数によって行われる場合は、労働者が、転職が難しい状況で解雇されるのを避けようと、努力を払って成果を上げようとするため、労働生産性が向上する可能性がある(Lazear, Shaw, and Stanton 2016)。逆に、調整が労働者数ではなく労働時間数によって行われるのであれば、これまで長時間労働で疲労困憊していた従業員が、労働時間の短縮により疲労回復し集中力が向上することで、労働生産性が向上する可能性がある。後者の効果は、時間-生産性プロファイルが逆U字型をしていることを前提としている(Pencavel 2015)。上の二つめの経路の存在を示すため、日本の組織系設計事務所1社からのプロジェクト管理データおよび人事データを使用して、(2008年から2009年の世界金融危機の間の)労働時間削減の影響を評価した。日本における労働者の雇用保障の高さを考えると、不況時に発生する労働投入量の下方修正は主に労働時間削減を通じて行われると予想される。実際、調査対象会社では、離職率は2008-2009年の不況時も一貫して低く、労働者の削減は主に採用の抑制を通じて時間をかけて行われている。他方、図1が示すように、危機期間中の月間平均残業時間は大きく減少を示している。

図1 月間平均残業時間の推移(2004年~2016年)
図1 月間平均残業時間の推移(2004年~2016年)
図2 生産性(一人当たり調整済収入)の推移(2004年~2013年)
図2 生産性(一人当たり調整済収入)の推移(2004年~2013年)

対象企業では、建築/開発プロジェクトをフェーズごとにジョブという単位に分けて、チームで仕事を行っている。チームの生産性は、事前に契約で定められた収入をメンバーの総労働時間で割ることによって測ることができる。図2は、金融危機後にチームレベルの生産性指標が上昇したことを示している。回帰分析では、7.6%の生産性向上があったと推定されている。チーム生産性は個人の生産性の平均ではなく、2つの新しい要素が加わる。1つは、個々のチームメンバーの仕事の間の補完性であり、2つ目は、能力が異なる労働者に対し、仕事の配分が変化することである。本研究では単純化した理論モデルを用いてシミュレーションを行い、実証的に、補完性と労働力の再配分がチーム労働生産性向上の重要な決定要因であることを示した。モデルでは、プロジェクト作業量が増えるに従い、チームの有能な主要メンバーでは手が回らず、より能力の低い労働者がチームに割り当てられる。これがチームの平均生産性の低下をもたらす。このメカニズムは、需要が低下した金融不況の際には、生産性向上をもたらす要因となった。具体的には、2008年から2009年の金融危機による時間の減少に対応して、次のことが生じたことが明らかになった。1)個人の生産性の増加以上にチーム生産性が向上し、労働分配は、より一部のメンバーに集中し、チームの規模が縮小した。2)大人数のチームや生産性の低いチームほど、生産性の向上幅が大きい。3)大規模なチームほど平均生産性が低い。

また冒頭で議論したように、チームメンバーの残業時間の増加は、チームの生産性低下を引き起こしていることも明らかになった。これは、生産性の低いチームで残業が増えるという逆の因果ではなく、残業が生産性低下の原因となっていることを示した。特に、プロジェクトに最も長い時間を投入しているチームメンバーの残業ほどチーム生産性に悪影響を及ぼす。また主要メンバーの長時間労働は生産性の低下だけでなく、設計上の瑕疵の発生頻度の増加にも寄与していることが分かった。

これらの結果から、長時間労働が是正されると(恐らく疲労回復、集中力の向上により)、個人の生産性が上がり、仕事でのミスが減り、それが補完的な関係にある同僚の生産性上昇にもつながる。そしてより少ないメンバーで仕事を終えることが出来るので、より能力の低い労働者を加える必要がなくなり、チームの人数は減り、生産性が上がる。この一連のメカニズムを示唆する実証研究結果は、長時間労働の是正を目指す働き方改革の有効性を支持している。