ノンテクニカルサマリー

競争、生産性、貿易の再考

執筆者 荒 知宏 (福島大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

近年の研究 (Arkolakis et al., 2012) によると、貿易利益は貿易弾力性と国内支出シェアという2つの観察可能な十分統計量で測ることができる。ここで、前者は1%だけ貿易費用(輸送費や関税など)が低下する場合にどれだけ輸入量が増加するかで、重力方程式から推計するのに対し、後者は国内支出額/(国内支出額+輸入額) で、集計データから推計する。本研究の出発点は、国内支出シェアは国の規模が大きいほど、または貿易自由化が進んでいないほど大きくなる傾向があり、国の規模は貿易自由化とは逆の働きをするという事実である。表1は代表的な大国(アメリカ、日本)と小国(デンマーク、リトアニア)の2006年での国内支出シェアと貿易利益を示したものであり、ここでは国の規模を世界GDPシェアで計測している。この表から明らかなように、国の規模が大きいほど国内支出シェアが大きくなり、貿易への依存度が低くなる結果、貿易利益は小さくなる傾向がある。また、日本とアメリカの国内支出シェアの違いは、おそらくアメリカの方がより貿易自由化が進んでいることを反映しており、国の規模だけでなく、貿易自由化も国内支出シェア、そして貿易利益に影響を与えることを示している。

表1 国内支出シェアと貿易利益
世界GDPシェア 国内支出シェア 貿易利益
アメリカ 27.26% 73.5% 5.3%%
日本 8.88% 84.9% 2.8%
デンマーク 0.56% 25.6% 25.5%
リトアニア 0.03% 2.5% 85.4%
出所:Eaton and Kortum (2011)

これはよく考えてみると不思議な話で、国の規模も貿易自由化も、一方では国内市場を競争的にするという点において同じように作用するが、他方では国内市場からの消費を増やすか減らすかという点では逆に作用することになるからである。本研究ではこの事実を出発点にして、以下の2つの問を立てた。

  • どういった経済メカニズムを通じて、国の規模は国内支出シェアに対して貿易自由化とは逆向きに働くのか?
  • その政策的含意は何か?例えば、日本の少子高齢化が進み、国内支出シェアが低下し貿易への依存度が高まると予想される状況下では、どのような貿易政策が望ましいのか?

これらの問に答えるために、本研究では非対称な2国のMelitz (2003) モデルにおいて、輸送費、国の規模、関税という3つの競争度に関する比較静学を行い、これらが国内支出シェアと貿易利益に与える影響について考察した。以下では、この2つの問に対する本研究の答えを簡単に紹介して、その政策的含意を述べることにしたい。

1点目の問に対する答えは「貿易自由化は企業選抜効果を伴うが、国の規模の拡張は反企業選抜効果を伴う」というものである。貿易自由化は外国企業が国内市場に財を売る際に設定されるマークアップ率を低下させることを通じて、外国からの競争を国内市場に誘発する。Melitz (2003) が示したように、この競争は生産性の低い企業を国内市場から退出させるため(企業選抜効果)、貿易自由化は国内支出シェアを低下させる。他方、国の規模の拡張は代替の弾力性が一定の関数形であるCES(Constant Elasticity of Substitution)型効用関数の下では企業のマークアップ率が一定であるため、直接的には国内市場の競争度に影響を与えない。しかし、本研究のように、国が非対称で賃金率が内生的に決まるのであれば、規模の経済に伴う賃金率の上昇により生産コストを高め、国内市場の競争度を低下させる。その結果、生産性の低い企業でも国内市場で生き残るようになり(反企業選抜効果)、国の規模の拡張は国内支出シェアを上昇させる。このように、国の規模は貿易自由化とは相反する企業選抜効果を伴うために、国内支出シェアに逆に影響すると考えられる。

次に、2点目の問に対する答えは「関税の設定には、交易条件の改善と反企業選抜効果の弊害を考慮に入れる必要性がある」というものである。最適関税の理論としてよく知られているように、経済規模が大きい大国は、高い関税を課すことにより貿易相手国を犠牲にして交易条件の改善から貿易利益を得ることが可能である。この結果は本研究でも当てはまるものの(ここでは詳しい説明を省略するが、本研究では最適関税が貿易弾力性と国内支出シェアという2つの十分統計量の逆数として表現できる)、既存研究で見落とされていたのは国の規模がもたらす反企業選抜効果である。上で見たように、大国では非生産的な企業が生き残ることによる厚生損失が伴うが、それにも関わらず大国が交易条件の改善を目的として高い関税を課すと、非生産的な企業が外国からの競争から守られる結果、反企業選抜効果の弊害を倍加させてしまう。従って、大国の政府は交易条件の改善というプラスの面だけでなく、反企業選抜効果というマイナスの面を考慮に入れる必要があり、ここから従来の議論に比べると関税の経済厚生への効果は小さくなる可能性があるという政策的含意が導かれる。これを日本の少子高齢化の例に応用すれば、日本の規模が縮小することで交易条件の改善が見込まれなくなる反面、日本での賃金率が低下することを通じて、日本企業の競争力を高める働きがあると言える (過去に日本企業が日本の高賃金を嫌って、東アジアなどの低賃金国に生産拠点を移転したことは周知の事実だが、少子高齢化はこの動きに歯止めをかける)。この状況下で高い関税を課す利点は交易条件の改善という面だけでなく、競争力の維持という面から見ても大きくはなく、より慎重な対応が求められるだろう。

参考文献
  • Arkolakis C, Costinot A, Rodriguez-Clare A. 2012. "New Trade Models, Same Old Gains?" American Economic Review 102, 94-130.
  • Eaton J, Kortum S. 2011. "Putting Ricardo to Work." Journal of Economics Perspectives 26, 65-89.
  • Melitz MJ. 2003. "The Impact of Trade on Intra-Industry Reallocations and Aggregate Industry Productivity." Econometrica 71, 1695-1725.